第11話 世界進出計画と、レシピの“鍵”
朝、ベーカリー・エデンの掲示板を見て、ルーカスは固まった。
《ベーカリー・エデン 世界進出計画(案)》
ミーナの字で、支店候補に「聖都」「魔王城下」「竜の谷」などと書いてある。
「……剥がすぞ」
「えへへ、夢は大きく!」
「俺の胃が先に世界進出する」
そこへ鈴。禁魔庁局長ユリウスが紙束を抱えて入ってきた。
「昨日の“流通契約”を確認する。署名は――村長だな」
奥から村長ボルドが顔を出す。
「雇用と税収だ。いい話だろ」
「俺の平穏が減る」
さらに鈴。魔王グラディオ、聖騎士セラフィナ、竜王まで揃い、掲示板を一瞥して同時に言った。
「レシピは渡すな」
「同意だ」
「余も反対だ」
――その瞬間、扉が静かに開く。商会連盟の“買い付け担当”が、護衛付きで笑顔のまま入ってきた。
「今日は視察です。レシピの“鍵”を頂きに」
護衛が取り出したのは、記憶を抜く禁具の輪。額に当てれば、頭の中が商品になる。
聖騎士が眉を吊り上げる。
「それは人の尊厳に反します」
局長も紙を突き出す。
「禁具所持、現行犯だ。拘束――」
男が指を鳴らした。入口の武器箱がガタガタ揺れ、預けられた剣や槍が宙に浮く。刃が踊り、粉袋を裂こうとする。最悪だ。粉が舞えば、生地が死ぬ。
ルーカスは低く言った。
「……外でやれ」
「脅しが効かないと?」
「違う。粉が舞う」
ルーカスは魔法を使わず、裏口の鍵を開けた。倉庫の桶――“聖水(魔水)”の予備を抱え、床にぶちまける。
ザァッ。水が広がり、空気中の粉は一気に沈んだ。刃が舞っても、粉が舞わない。
「な、何を……」
「俺の仕事を守ってるだけだ」
魔王が呪いの糸を握り潰し、聖騎士が護衛を床に押さえ、竜王が小さく息を吐いて禁具を焼き切った。局長が手錠をかける。
「拘束。商会連盟、聴取」
男は震えながらも笑顔を貼り付けた。
「あなたは……何者だ」
「パン屋だ。支店は作らん」
騒動のあと、ミーナが雑巾で床を拭きつつ言う。
「でも支店、あったら便利なのに」
「便利は平穏を殺す」
窯の中で、焼き上がりの音がした。パチ、と皮が割れる。
ルーカスはエプロンを締め直し、短く告げる。
「営業開始。列に並べ。――パンが冷めるぞ」




