第10話 禁忌のサンドと、世界を挟む昼休み
朝の騒動が嘘みたいに引くと、ベーカリー・エデンには“昼”が来る。
昼は戦場より危険だ。腹が減った連中は、理性より先に手が出る。
「……今日はサンドだ」
ルーカスは昨日のバゲットを薄く切り、表面だけを焼き締めた。中身は塩漬け肉、香草、チーズ、そして“聖水(魔水)”を一滴落とした自家製ソース。禁忌の魔法で世界を焼くより、一滴のバランスで味が崩れる方が怖い。
ミーナが札を掲げる。
《本日の昼限定:禁忌のサンド(※禁忌ではありません)》
「変な名前つけるな」
「売れるんです!」
「俺の胃が死ぬ」
その胃を狙い撃つように鈴が鳴った。
魔王グラディオ、聖騎士セラフィナ、竜王、禁魔庁局長ユリウス。いつもの“四天客”が、昼にも揃ってしまった。
全員が武装解除し、私服で、行列に並ぶ。もはや異様に行儀がいい。怖い。
「昼に来るな」
「朝だけでは足りぬ」
「任務です」
「監査です」
「余は……腹だ」
「理由が弱い」
ルーカスは即座に返した。
ちょうどその時、入口の木箱がガタガタと揺れた。預けた武器の山が、勝手に動いている。
局長ユリウスが目を細める。
「……呪具だ。誰かが“回収”を仕掛けたな」
扉が静かに開き、黒いスーツの男が入ってきた。笑顔が薄い。目が笑ってない。
首元の徽章は《商会連盟》――中立のはずの巨大組織。
「どうも。私は“買い付け担当”です。こちらの店の新作を、世界に流通させたくて」
ミーナが目を輝かせる。
「えっ、チェーン展開!?」
「やめろ」
ルーカスが即答した。
男は笑ったまま、机の上に契約書を置く。
「配合、製法、火加減。すべてを開示してください。対価は金貨一万枚。断れば——」
指が鳴る。
木箱の武器が浮いた。刃が勝手に踊り、店内に向く。
粉が舞う未来が見えた。
「……外でやれ」
ルーカスは低い声で言った。
「ここでやると、パンが乾く」
男は肩をすくめる。
「外だろうが中だろうが同じです。あなたが魔法を使えば禁魔庁が止める。使わなければ刃が——」
「使わない」
ルーカスはサンドを一つ作り、男の前に置いた。
焼き締めたパンの香り。塩とハーブ。チーズの脂。ソースの酸。
「食え」
「毒でも?」
「毒なら店が終わる。俺が困る」
男は疑いながら一口噛んだ。
次の瞬間、眉間の皺がほどけた。
二口目で、契約書を握る力が弱くなる。
三口目で、武器の浮遊が落ち着いた。呪具が“満足”したみたいに静かになる。
「……な、なんだこれは……」
「挟んだだけだ」
「挟まれているのは……私の……欲……?」
竜王が低く笑った。
「輪ではなく、挟まれるのも悪くないな」
「こじつけるな」
ルーカスが即ツッコミを入れる。
魔王が男に顔を寄せる。
「貴様、流通させたいと言ったな。ならば条件がある」
聖騎士が続ける。
「戦争地域への搬送は禁止。まずは孤児院と避難民へ」
局長が淡々と追い打ちする。
「契約は禁魔庁の監査下で。レシピ開示は不可。ブランドの独占も不可」
商会の男は、サンドの最後の一口を噛みしめながら、震える声で言った。
「……分かりました。独占は……しません。条件……飲みます」
ミーナがぱちぱち拍手する。
「わー! 世界に広がるベーカリー・エデン!」
「広げるな」
ルーカスが即座に言う。
「店は一軒でいい。俺の昼休みが死ぬ」
それでも、サンドは増産になるだろう。配布の話が進めば、会談が増える。
ルーカスは胃を押さえ、次のパンを切った。
……世界を救うより、昼休みを守る方が難しい。10話 禁忌のサンドと、世界を挟む昼休み
朝の騒動が嘘みたいに引くと、ベーカリー・エデンには“昼”が来る。
昼は戦場より危険だ。腹が減った連中は、理性より先に手が出る。
「……今日はサンドだ」
ルーカスは昨日のバゲットを薄く切り、表面だけを焼き締めた。中身は塩漬け肉、香草、チーズ、そして“聖水(魔水)”を一滴落とした自家製ソース。禁忌の魔法で世界を焼くより、一滴のバランスで味が崩れる方が怖い。
ミーナが札を掲げる。
《本日の昼限定:禁忌のサンド(※禁忌ではありません)》
「変な名前つけるな」
「売れるんです!」
「俺の胃が死ぬ」
その胃を狙い撃つように鈴が鳴った。
魔王グラディオ、聖騎士セラフィナ、竜王、禁魔庁局長ユリウス。いつもの“四天客”が、昼にも揃ってしまった。
全員が武装解除し、私服で、行列に並ぶ。もはや異様に行儀がいい。怖い。
「昼に来るな」
「朝だけでは足りぬ」
「任務です」
「監査です」
「余は……腹だ」
「理由が弱い」
ルーカスは即座に返した。
ちょうどその時、入口の木箱がガタガタと揺れた。預けた武器の山が、勝手に動いている。
局長ユリウスが目を細める。
「……呪具だ。誰かが“回収”を仕掛けたな」
扉が静かに開き、黒いスーツの男が入ってきた。笑顔が薄い。目が笑ってない。
首元の徽章は《商会連盟》――中立のはずの巨大組織。
「どうも。私は“買い付け担当”です。こちらの店の新作を、世界に流通させたくて」
ミーナが目を輝かせる。
「えっ、チェーン展開!?」
「やめろ」
ルーカスが即答した。
男は笑ったまま、机の上に契約書を置く。
「配合、製法、火加減。すべてを開示してください。対価は金貨一万枚。断れば——」
指が鳴る。
木箱の武器が浮いた。刃が勝手に踊り、店内に向く。
粉が舞う未来が見えた。
「……外でやれ」
ルーカスは低い声で言った。
「ここでやると、パンが乾く」
男は肩をすくめる。
「外だろうが中だろうが同じです。あなたが魔法を使えば禁魔庁が止める。使わなければ刃が——」
「使わない」
ルーカスはサンドを一つ作り、男の前に置いた。
焼き締めたパンの香り。塩とハーブ。チーズの脂。ソースの酸。
「食え」
「毒でも?」
「毒なら店が終わる。俺が困る」
男は疑いながら一口噛んだ。
次の瞬間、眉間の皺がほどけた。
二口目で、契約書を握る力が弱くなる。
三口目で、武器の浮遊が落ち着いた。呪具が“満足”したみたいに静かになる。
「……な、なんだこれは……」
「挟んだだけだ」
「挟まれているのは……私の……欲……?」
竜王が低く笑った。
「輪ではなく、挟まれるのも悪くないな」
「こじつけるな」
ルーカスが即ツッコミを入れる。
魔王が男に顔を寄せる。
「貴様、流通させたいと言ったな。ならば条件がある」
聖騎士が続ける。
「戦争地域への搬送は禁止。まずは孤児院と避難民へ」
局長が淡々と追い打ちする。
「契約は禁魔庁の監査下で。レシピ開示は不可。ブランドの独占も不可」
商会の男は、サンドの最後の一口を噛みしめながら、震える声で言った。
「……分かりました。独占は……しません。条件……飲みます」
ミーナがぱちぱち拍手する。
「わー! 世界に広がるベーカリー・エデン!」
「広げるな」
ルーカスが即座に言う。
「店は一軒でいい。俺の昼休みが死ぬ」
それでも、サンドは増産になるだろう。配布の話が進めば、会談が増える。
ルーカスは胃を押さえ、次のパンを切った。
……世界を救うより、昼休みを守る方が難しい。




