第9話:スカウト?知らん大人にはついて行きません主義
昼下がりの中庭、訓練後の休憩タイム。
みんなで麦茶を飲みながら「今日はミナが一番転んだね」などという微笑ましい会話をしていたところだった。
「失礼します。侯爵家よりのお使いでございます。」
屋敷の門に現れたのは、いかにも格式高そうな服に身を包んだ中年の男。
口元に薄い笑みを浮かべていたが、目が笑っていない。
まるで、手札をすべて見透かしているような商人の目だ。
……こいつ、絶対ろくな用じゃない。
「何のご用ですか?」
父の代理で出てきたロルフさんの声が硬い。いつもより半音低い。
あっ、これ完全に“警戒中”モードだ。
「当方の若様が、こちらで育てられている子供たちに強い興味を持ちましてな。特に……この者などは大変素質があると。」
彼の指が向いたのは――サーシャ。
確かに、魔力の感応力と集中力では頭ひとつ抜けている。
最近は石の模様で天気まで当て始めている。
もはや“魔法使いの始祖”レベル。
「おい、勝手に指さすな。うちの部下だぞ。」
「リオン様、ちょっとこわい……。」
「安心しろ。怖くない俺が全力でガン飛ばしてるだけだ。」
俺がジリジリ前に出ると、相手は“にこり”とした。
「ご安心を。もちろん、ただでとは申しません。教育環境も完備しておりますし、月銀貨20枚のお小遣いを――。」
「「「いらねえええええ!!」」」
叫んだのは、なんと部下たち全員だった。
「サーシャはあたしたちの仲間だもん!」
「リオン様の下で頑張ってきたのに!」
「知らないおじさんについて行ったらだめって習った!」
おお、教育が行き届いている。
俺はあえて黙っていたが、内心感動していた。
仲間意識、忠誠心、そして“警戒心”。
完璧な仕上がりである。
「……なるほど。では、失礼いたします。話が通じる年齢になったら、また参りましょう。」
「それ、おじさんが言っていいセリフじゃないからな。」
ロルフさんが“死んだ魚の目”で相手を見送る。
使用人全員が無言で武器を持ち始めていたのも、個人的にはちょっと怖かった。
帰り際、サーシャが俺の隣にちょこんと座った。
「ねぇ、わたし、そんなにすごいの?」
「すごいぞ。でももっとすごくなる。」
「ふふ……じゃあ、もっと頑張る。」
そう言って笑った彼女の顔は、あの日泣いていた孤児の顔じゃなかった。
リオン・フォン・エルトレード、3歳目前。
影響力の波紋が広がった、春を告げる風のような出来事である。
つづく。




