第44話:火は剣ではなく、知から灯る――アーグラ、反転の夜明け
アーグラ王都・東端地区。
老朽化した倉庫の扉が、夜風にきしむ。
その奥で、十数人の若者たちが、小さな灯のもとに集まっていた。
黒い布で顔を覆い、声は潜め、紙を開く。
そこには、見覚えのある筆跡――“リオン式教材”があった。
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「この公式を使えば、橋の強度が三割上がるって……!」
「本当だ、見てくれ。昨日の構造、これで再計算してみたら……支柱の数、減らせる。」
「こんな知識、俺たち、昔のアーグラじゃ考えられなかったよな……。」
その中のひとり、青年は静かに頷いた。
彼はかつて、王国に亡命した者だった。
そして今、祖国に帰り、“密かな学舎”を拓いた者でもあった。
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このような“地下学舎”は、今やアーグラ各地に広がっていた。
・薬草と応急手当を教える小屋
・識字と計算だけに特化した夜学
・魔術陣の構造を教える隠れ家
・職人たちが弟子を取る“口伝の学校”
表には出ないが、参加者は日々増え続けていた。
老いも若きも、皆が“学ぶ”ことに飢えていた。
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アーグラ政府は慌てて摘発を始めた。
だが、報告書にはこう記されていた。
『摘発対象:確認できた地点137、逮捕者延べ380人。
しかし同日中に新設された“未知学舎”28箇所――抑えきれず』
彼らは言葉で語らない。
だが“学ぶことで変われる”と知ってしまった者は、もう止まらない。
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ある夜、王都の広場に突如現れた“光の柱”。
それは魔術投影装置による――《リオン式・第一講:思考と判断のちがい》の授業だった。
広場にいた市民たちは立ち止まり、子供が大人に読み聞かせる姿に息を呑んだ。
そしてその日、静かに国中に広がる通信網に、ひとつの符号が流れた。
《#真の学校は、心に宿る》
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アーグラ、反乱勃発。
それは暴力によるものではなかった。
民衆の手にあったのは剣ではなく、書。
叫びではなく、問い。
爆音ではなく、答え。
学びが禁じられた国で、学びが“革命”を起こしたのだった。
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リオン・フォン・エルトレード、5歳と11ヶ月。
遠く王国の空の下で、彼はふと顔を上げた。
「……そろそろ、アーグラの歴史書が“書き換え”られる頃かな」
彼が“教えた者”たちが、今、“教える側”として国を変えていた。
つづく。




