第42話:学びは罪ではない――亡命者たちと、開かれた扉
「……王国の皆様。お願いです。学ばせてください。」
その声は、震えていた。
年老いた男、手を引かれた子供、肩をすぼめた少女、若い兵士――
彼らは皆、アーグラからの“亡命者”だった。
“学びの祭典”から数週間後、国境警備隊が“理由なき集団移動”に気づいた。
だが、彼らが持っていたのは、どれも同じだった。
《王国の“教室に入れる許可証”の模造品》
それでも、リオンは命じた。
「……門を開けて。模造品でも、意志があるなら、それは“パスポート”になるよ。」
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王国政府は国際的な非難の渦中にあった。
「教育難民? これは“文化的侵略”ではないのか?」
「主権を侵してまで“学び”を与えるのは越権行為だ!」
アーグラからは正式に抗議文が届いた。
だが王国首脳陣は答えた。
「我々は、誰かに教育を押しつけてはいない。だが、“求められた知識”を拒むこともない。」
「もしそれが“国境を越える理由”になるのなら、越えさせたのは“国民の望み”である。」
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亡命者たちは、学んだ。
読み書きが初めての老人は、“自分の名前”を書いた瞬間、涙をこぼした。
「……私の人生に、ようやく“始まり”が来た気がする。」
かつて子供だった兵士は、数字を使い、“部隊の被害率”の改善案を提出した。
「……本当はずっと、考えてた。どうすれば無駄死にが減るのかって。でも、数字が使えなかったんだ。」
少女は詩を書き、少年は機械模型を分解してノートに再構成した。
彼らの目は、まっすぐだった。
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そして、王国教育庁の公式発表。
『亡命者受け入れを通じて、“生涯教育モデル校”を設立』
『老若男女を問わず、誰でも“初学者”になれる“ゼロ年生教室”を全国に拡充』
その教室の入り口に、こう刻まれていた。
《ここに、あなたの“最初の教科書”があります》
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リオン・フォン・エルトレード、5歳と9ヶ月。
彼は今、世界に“教育の亡命先”を創り出した。
国境を越えて、人々は知を求めた。
罪なのは、“学ぶこと”ではない。
“学びを禁じること”なのだ。
つづく。




