第20話:親が学び出した日、子どもたちの目が変わった
「お、おかあさん……なんで、育成所に……?」
最初に驚いたのは、アオだった。
泥まみれで俺に拾われた、あの警戒心MAXだった少年。
数日前から、アオの母親――村の洗濯婦のリナさんが、育成所に来ていた。
彼女は、子供たちと同じように講義を受け、筆を握り、平仮名の練習をしていた。
「あたしも……少しは、“読み書き”できたほうがいいって、思ったの。」
「う、うん……。」
アオは最初、混乱していた。
学びとは“子どもの仕事”だと、どこかで思い込んでいたからだ。
でも。
「なぁ、見たか?アオのおかん、“ありがとう”って書けるようになってたぞ。」
「しかも、“あ”が逆さじゃなかった!」
「すごい!!」
子どもたちの間で、親たちが“すごい”と噂され始めた。
---
「親子授業」、始動。
午前は親、午後は子ども、夕方は合同授業――というスケジュールで、親子が同じ机に座る時間が増えた。
「じゃあ今日は、“村の品物を王都に売るときの計算方法”を学びます!」
「えっ、なんか実践的!」
「おかあさん、字だけじゃなくて、計算もできるようになってきたんだね……!」
少しずつ、子供たちの目が変わってきた。
“教わる親”ではなく、“ともに学ぶ大人”として、見るようになったのだ。
---
ある夜、俺は見回りの途中で、こんな光景を見た。
薄暗い中庭。机の上、月明かりで字を書いていたのは――
アオと、リナさんだった。
「『あ』は、こう。横棒をちょっとだけ上に上げて……。」
「……できた!」
「すごい、すごいよ、かあさん!」
「うん……でも、これ、リオン様が教えてくれた方法だよ。」
アオがこくりとうなずいた。
「おれ……かあさんのこと、かっこいいって思った。」
リナさんは、手を止めて、ほんの少し涙をこぼした。
---
翌朝、サーシャが言った。
「リオン様、親子授業の感想、まとめました。」
そのメモの中に、こう書かれていた。
『親が学ぶと、子どもが誇りを持ちます。
親も、子供の未来を“自分の手で支えられる”と実感するようです。
学びとは、“絆を強くする行為”でした。』
俺は、そっとメモを閉じた。
「……これだよ。俺がやりたかったのは、これ。」
---
リオン・フォン・エルトレード、4歳と1ヶ月。教えることで、親と子の心が重なる瞬間に立ち会った、静かな冬の夜である。
つづく。




