第17話:育てるということは、耕すことでもある
「ここ……が、教える場所?」
第一派遣先の村は、思っていたより“静かすぎる”場所だった。
道はぬかるみ、建物は石と木でつぎはぎ。
子供たちは好奇心より先に警戒心の目を向けてきた。
目の下に泥、手にヒビ、靴なんて履いていない子もいた。
そこに降り立ったのは――サーシャだった。
「よし……やってみよう、私にできることを。」
---
初日。授業は成立しなかった。
「あんた誰?」
「字なんて読めなくても、畑で生きてけるし。」
「先生って何?」
冷たい目。小さな背中。誰も前を向かない。
「……そうだよね。知らない人に急に言われても、わかんないよね。」
サーシャは黒板に向かって、大きな円を描いた。
「これは“たまご”。知識は、まだこの中にある。でも……。」
“ぱかっ”と線を入れる。
「学ぶと、これが割れる。そしたら、“自分の翼”が出てくるかもって、私は信じてる。」
誰かが、ふと、首をかしげた。
「……それ、おいしいの?」
「……そっちかー!」
---
同じ頃、別の村に赴いたレオンも苦戦していた。
「伝令……?そんなもん走れば届くだろ!」
「おれら、全員、足速いし!」
「いやいやいや!伝える“順序”とか“冷静さ”とかいるでしょ!?おれ、道覚えるの、3秒でできるんだよ!?」
なによりつらかったのは――誰も彼も、“目を合わせてくれない”こと。
言葉が届かない。温度がない。笑わない。
リオンの育成所では、いつだって騒がしくて、明るくて、誰かがボケて、誰かがツッコんで……それが“当たり前”だった。
「リオン様って、ほんとすげぇとこにいたんだな……。」
寝袋の中で、レオンは初めて“羨望”を実感していた。
---
一方、サーシャは地道に進めていた。
焚き火の周りで“石の話”をした。
「これはただの石。でも、これは火打石。これは魔法触媒に使えるかもしれない石。」
子供たちが少しずつ近づいてきた。
「この絵、本当に描いたの?」
「うん。リオン様の絵だけは、今でも描けるよ。」
「……誰それ?」
「私の先生。まだちっちゃいけど、すっごく大きい人。」
---
時間はかかった。でも、1週間後。
一人が字を書いた。一人が名前を言った。一人が笑った。
サーシャは、誰も見てないところで涙を拭いた。
「ありがとう、リオン様。私、ここでもう一回、教わってる気がするよ……。」
---
リオン・フォン・エルトレード、4歳直前。育成という灯が、遠くの土の中で芽吹こうとしていた晩秋の記録である。
つづく。




