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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

終わらない夏 ーー幽霊少女とヒトデナシーー

作者: 海山 里志

 俺が呼ばれた理由、ですよね? はい、分かってます。A子さんについて、ですよね? 取り返しのつかないことをしたと思っています。償いきれない罪を犯してしまいました。

 先生は、「ヒト」が「ヒト」でなくなる瞬間を目にしたことはありますか? 俺はあります。あの光景、あの感触、脳裏に焼き付いて離れないんです。でも、それはきっと罰なんでしょう。一生受けなければならない罰なんでしょう。

 A子さんは、言葉を選ぶとすれば、物静かな人でした。それを、俺たちは、暗い、と受け取ってしまったんです。いつしかA子さんには、「幽霊」というあだ名がつきました。

 最初は無視から始まりました。それがいつからだったか、今では分かりません。それこそクラス全体からの総シカトです。この時点で少しでも彼女の心に思いを至らせれば、あんな悲劇は起きなかったと思います。

 イジメは、一度始まるとエスカレートするものです。あんな暗い奴がいれば、クラスの雰囲気が暗くなるーーそんな身勝手な、正義とは到底呼べない詭弁で以って、俺たちは自己正当化し、脳内麻薬を溢れさせていたのです。

 無視は今度はモノを隠すという嫌がらせに変わりました。神隠しにでもあったんじゃないーーそれが俺たちの口癖でした。

 そして次は罰ゲームに変わりました。偽りの告白です。告白したのは俺です。よくもまあ心にもないことをべらべらと恥ずかしげもなく並べ立てたものです。いや、そもそもその時の俺に、人の心などあったのでしょうか。そして背後から友人が現れ、本当のことを告げた時、A子さんは顔を歪めて走り出しました。A子さんが初めて見せた涙でした。今にして思えば、あの時が引き返せる最後のチャンスだったのです。

 終業式の日、俺たちはお祓いと称してA子さんに塩をかけました。そうして夏休みに入り、俺はのうのうと部活に勤しみ、対してA子さんが学校に姿を現すことはありませんでした。

 そして迎えた始業式の日、8月31日、運命の日です。俺たちは葬式ごっこと称してA子さんの机に白百合を活けた花瓶を置きました。それから俺たちは普段通り談笑していたのです。

 普段と違ったのは、教壇の方からガシャンと大きな音がしたことです。当然誰もが視線をそこに向けます。滴り落ちる水、横たわる花、砕け散った花瓶……、そこにいたのはA子でした。俺たちは彼女の一挙手一投足から目を離せずにいました。彼女もまた俺たち一人ひとりを見て、いや、そんな生やさしいものじゃありません。睨みつけてというか、網膜に焼き付けてというか、とにかくA子さんの瞳は火花を発していました。

 俺たちの視線を集め、俺たちの顔を脳裏に焼き付けたであろうA子さんは、そのまま窓に駆け出し、破りました。俺は咄嗟に彼女に駆け寄りました。ですが、全てが遅かったのです。A子さんは飛び降り、彼女に伸ばした手は空を掴み、そして彼女は花壇に真紅の花を咲かせました。

 俺は初めて自分の犯した罪の重さを知りました。先生もいらしてましたよね? 担任の先生、学年主任の先生、生徒指導の先生、教頭先生、校長先生、みんな集まりました。始業式はなしになりました。

 友人は、縁起が悪いからお祓いをしようなどと言い出しました。俺は気乗りしませんでした。だって自分から殺しておいて縁起が悪いだなんて、ヒトデナシじゃないですか。でも塩を持った友人に連れられて、その夜、学校に忍び込んだのです。

 俺は驚きの光景を目にしました。割れた窓から夜風が教室に流れ込み、カーテンを、そしてA子の黒髪をたなびかせていたのです。俺は初めてA子を美しいと思いました。A子はこちらに気がつくと、ふっと笑みを浮かべました。そして彼女は、朝と同じように、窓に向かって駆け出したのです。

 俺は友人の制止も聞かずA子に駆け寄りました。今度は追いつく。その時ゾクリとしたものが背に走りました。でもその時には、地面から足の離れた彼女の手を掴んでいたのです。彼女はニタリと笑いました。そして、そのまま俺ごと空中に引き摺り込みました。

 目を覚ますとそこは自分の部屋でした。でも、スマホも、時計も、カレンダーも、8月31日を指しているのです。

 それから何度寝て、何度目を覚ましても、日付は8月31日で、A子の机には花瓶が置かれ、A子は飛び降り、始業式は取り止めになるのです。

 先生、お願いです。始業式をしてください。そして夏を終わらせてください。そうでないと、A子も成仏できません。俺、そのために必要なことなら何でもやります。9月1日付けで俺を退学処分にしてくださっても構いません。お願いします。お願いします……。

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