第1章:召喚訓練
一万年前、神王イーライは誤算をして神の光と融合しようとしたが、予想外の反動で殺されてしまった。予想外にも、彼は死後生まれ変わりましたが、前世の記憶を保持していました。
一本の指で大地を砕くことができ、一本の指で空を動かすこともできる。
そして我こそ――万神の王、イーライ!
朝霧がまだ完全に晴れきらぬ中、烏山鎮の輪郭が薄白い靄の向こうにぼんやりと浮かび上がっていた。
遠くの魔獣ヶ嶺は、まるで眠れる巨竜のように天際に横たわり、連なる峰々は霧に覆われ、時折低く響く獣の咆哮が、その危険と神秘を人々に思い出させる。
東の空からゆっくりと陽が昇り、黄金の光が鎮西の石造りの門をくぐって青石の街道へと差し込む。石畳は夜露に濡れてほのかに光を反射し、清晨特有の涼やかさと静けさを湛えていた。湿った草の香りと、遠くのパン窯から漂ってくる小麦の香りが混ざり合い、思わず深く息を吸い込みたくなる空気が広がっている。
烏山鎮は小さな町だが、他の辺境の町とは異なる秩序を持っていた。六、七歳になると、町の子どもたちは守護霊の訓練を受ける。これは誰かの強制ではなく、何代も受け継がれてきた生存の掟だった。守護霊は力の象徴であり、魂の延長でもある。それは猛獣かもしれないし、霊鳥や奇妙な幻影であることもある。形が何であれ、それは人が世界と渡り合うための最初の依り代なのだ。
訓練場は町の東にあり、広くはないが整然と手入れされている。四方には太い丸太の杭が立ち、その一本一本に獣骨で作られた旗が吊るされ、風に揺れては荒々しく原始的な気配を放っていた。地面は踏み固められた黄土で、踏むとわずかに弾力を感じる。それは幾度となく衝撃と転倒を受け止めてきた証だった。
今日は月に一度の「耐久試験」の日。百名を超える子どもたちが年齢ごとに三列に並んでいる。
最北列には六、七歳の幼い子どもたち。まだあどけなさを残しながらも、必死に背筋を伸ばしている。
中央列は十〜十二歳の少年たち。顔には既に幾分かの自信と鋭さが宿っていた。
最南列には十三〜十六歳の青年たち。眼差しは落ち着き、朝の光の中で筋肉の線がくっきりと浮かび上がる。
列の中央には隊長ホーンが立っていた。巨躯は石壁のように揺るぎなく、広い肩と厚い背中。短く刈られた髪の下、鋭い灰色の眼が子どもたち一人ひとりの内面を見透かすように光っている。低く力強い声が響いた。
「今日の課題――守護霊を召喚し、その形を五分間維持しろ!」
その言葉と同時に、列のあちこちで小さな息を呑む音が漏れる。幼い者にとって守護霊の召喚は全精神力を集中させねばならず、その状態を保つことは容易ではない。二分も維持できれば、同年代の中で一目置かれる存在となる。
「忘れるな!」ホーンは腕を上げ、槍のように鋭い指先を前方に突き出す。「守護霊はお前の魂の延長だ。その形と力こそが、お前の未来を決める!」
その声は訓練場に反響し、まるで胸を打つ戦鼓のようだった。短い沈黙の後、空気は極限まで張り詰め、風すら息を潜めたかのように感じられる。
「始め!」
――ンン…
低い振動が場内に広がる。子どもたちの足元に淡い光輪が浮かび上がり、水面の波紋のように広がっては収束し、やがて様々な守護霊の姿へと形を変えていった。
全身が燃えるような赤毛の小獣、毛皮が炎そのもののように揺らめくもの。
透明な翼となって背に現れ、羽ばたけば微かな風を巻き起こすもの。
半透明の人影となり、虚ろな眼を浮かべ、形が不安定なもの。
最北列に立つイーライは、同列の誰よりも背筋をまっすぐにし、静かで深い呼吸を保っていた。掌を上げ、吐息をひとつ。足元の光輪がゆっくりと立ち昇り、蕾が開くように形を成していく。
そこに現れたのは小さな灰色の影。丸い体に短い前足、黒い瞳は熟れた葡萄のように艶やかだ。のんびりと耳を震わせ、人前で大きな欠伸をひとつ。
その光景に、周囲から押し殺した笑い声が広がった。
「ははっ、ネズミだ!」
「まさか守護霊が穀物泥棒か?」
「猫や犬、鷹は見たことあるが…ハムスターは初めてだな。」
笑い声には悪意はない。だが、純粋な驚きと軽んじる色は潮のように押し寄せてくる。
イーライはただ足元の小さな生き物を見つめた。その黒い瞳と目が合った瞬間、胸の奥がわずかに締めつけられるような既視感が走る。
次の瞬間、彼の脳裏に金色の光が奔った。一冊の淡金色の古書が識海に浮かび、厚い頁には刃で刻んだような古拙な文字――蒼天の万神秘訣。
金色の経文が細い流れとなって意識へと染み込み、響く。
「天地をその身に宿し、その身を守護霊となし、守護霊にて力を束ね、千度鍛え、万度打ち……」
温かく揺るぎない力が体内を満たし、足元のハムスターとの精神の絆を強く支える。指の間から零れ落ちる砂のようだった精神力は、今や呼吸のように自然に巡っていた。
一分経過、イーライは微動だにせず。
三分経過、幼い列の半数は光輪を保てず消え去り、顔色を失って汗を滲ませ、しゃがみ込む者も出る。
中央列の少年たちも苦悶の色を浮かべ、唇を噛み、首筋の血管を浮き上がらせる。最南列の青年たちは歯を食いしばって耐えているが、汗は顎から土へと滴り、瞬く間に吸い込まれていった。
五分――
幼い列に残ったのはイーライただ一人。灰色のハムスターは毛繕いをしながら、悠々と時の流れをやり過ごしている。
ホーンの視線がふと彼に止まり、眉がわずかに動く。
「名前は?」
「イーライ。」
数秒の沈黙。ホーンは何も言わず、その名を心に刻んだ。
陽光はますます強くなり、最後の朝霧を払い去る。訓練場では光輪の輝きが次第に薄れ、北列の小さな少年だけがなおも直立し、足元の光輪は初めと変わらず安定し、ハムスターの毛は風にそよいでいた。
――まさか、この俺が、万神の王たるこの俺が、子どもに混じって訓練を受けるとはな!
脳裏の蒼天の万神秘訣がゆっくりと頁を繰り、イーライは眉をわずかに上げる。かつての彼は確かに万神の王だった。そう、間違いなく。神の光を吸収しようとして反動に倒れたあの日までは。
だが今、彼は転生し、記憶を保ったままこの世界に立っている。そして驚くべきことに、蒼天の万神秘訣も共に転生してきたのだ。あの日まで従えていた天を喰らう大鼠と共に。
足元の灰色の毛玉が動きを止め、見上げて軽く鳴く。今は弱々しく、ただの無害なハムスターにしか見えないそれが――天を喰らう大鼠の現世の姿であることを、知る者はまだい。ない。