翼の誓い
「……逃げよう、グラヴェル」
宿の窓から見下ろした王都は、どこか色を失って見えた。
街角には王太子エルヴェルトの布告が貼り出されている。
《危険存在グラヴェルの捕縛命令》《協力者フォリア=リーナにも拘束指令》
まるで国を救った竜と、その竜を想う少女を――“悪”として断罪するような文面だった。
フォリアの声は震えていた。
「あなたが罪に問われるのは、私のせいだよね……」
「違う。俺がここに来たのは、自分の意思だ」
グラヴェルは落ち着いた声で言った。
「……だが、お前はどうする?」
フォリアは目を伏せた。
(このまま、また“都合のいい駒”として利用されて、命さえ奪われるかもしれない)
(でも、もう――)
「……逃げるだけじゃ、終われない。私は、この国に『言葉』を置いていきたい」
「言葉?」
「あなたが罪じゃないってこと。あなたは、誰よりも優しくて、勇敢で、私の大切な人だって――それを、ちゃんと伝えたいの」
「お前の言葉なら、届くだろう。人の心に」
そのとき、宿の扉を叩く音が響いた。
「フォリア様……!」
扉を開けると、そこにいたのはかつて仕えていた侍女サーシャだった。
彼女の手には一枚の封筒と、古びたペンダントが握られている。
「これは……?」
「王都広場を通って脱出してください。広場には“集めた民衆”がいます。……あなたの、味方です」
「でも、王太子の騎士団が……!」
「それでも、行ってください。王子の偽りに気づき始めている人たちが、いますから」
サーシャの目に宿る光は、かつてと変わらぬ“信頼”だった。
フォリアは、拳を握った。
「行こう、グラヴェル。今度は、“奪われないため”じゃなくて、“示すため”に」
「おう。では派手にいくか」
***
王都広場――。
昼下がりの喧噪の中。
突然、巨大な影が広がった。
「竜だ! 奴が来たぞ!」
「女も一緒だ! あのフォリアって奴だ!」
騎士団が武器を構え、民が悲鳴をあげかけた、その時だった。
「どうか、聞いてください!」
フォリアが叫んだ。
「私たちは、なにも奪っていません! この竜――グラヴェルは、皆さんの命を救った存在です!」
「疫病の霧を払ったのは、王子ではありません! 魔法でもありません!」
「……彼の翼が、命を吹き込んだのです!」
沈黙。誰かがすすり泣く。
「私の母は……そのとき助けられたの。ありがとう、聖女様……!」
「俺の子どもも……この人がいなきゃ死んでたんだ……!」
「竜だって、俺たちと同じだ! 嘘ばかりつく王子より、ずっと信用できる!」
騎士団が動けない。
命令と、目の前の真実の間で、足がすくんでいた。
そのとき、グラヴェルが一歩踏み出し――ゆっくりと頭を下げた。
「……この命、ただの脅威ではないと、信じてくれるならば。感謝を」
その姿に、民の誰かがひとり拍手した。
次にもうひとり。
やがて広場に――割れんばかりの拍手が響いた。
騎士団長が悔しげに剣を鞘に戻す。
「……退け。これ以上、民意に逆らえば我らの方が罪人になる」
グラヴェルが翼を広げ、フォリアを抱き上げる。
「……行こう。今度こそ、私たちの場所へ」
「うん。ありがとう、王都。少しだけ、好きになれたよ」
風が唸る。
歓声が、空に吸い込まれる。
そして、ふたりは空へ――。
もう誰にも縛られない。
“偽りの王命”を、下から睨みながら。




