表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/24

王敵

「……失態だ」


王都議会殿の一室で、エルヴェルトは静かに言った。


すでに議場から民衆は去り、重厚な扉は外界の喧騒を遮断している。


「民の掌で、裁きの場が茶番に成り下がるとは」


机を叩いた側近が口を開く。


「申し訳ありません、殿下。我らの下知が行き届かず……」


「よい。既に次の手は打った」


王太子は椅子にもたれかかり、冷ややかに笑った。


「“聖女”など、もとよりどうでもいい。問題はあの竜……グラヴェル」


「彼女の発言を思い出せ。竜は王家の命に従っていない。つまり、今なお野放しの脅威だと……そう、民に理解させればいい」


「まさか――!」


「“王国の敵”と断じてしまえば、正義はこちらにある」


「そして、“その竜と行動を共にしている女”もまた……敵というわけだ」


エルヴェルトの目は、微塵も笑っていなかった。


「罪人としてではなく、敵として討つ。そうすれば、どんな声も届かぬ」


「民の声など、都合よく操作すればいい。いくらでもな」



***



一方その頃。


フォリアは王都郊外の、簡素な宿に身を置いていた。


広場を離れた後も、王都のざわめきは静まらない。


「見た? 本物の聖女様よ!」


「裁判であんなに堂々と……私、涙が出ちゃった……」


「でも……あの竜、大丈夫なのかな。王太子さま、きっと黙ってないよね……?」


(……やっぱり、始まる)


フォリアは手にしていた新聞の見出しを見つめる。


《“竜の主”は王家に従わぬ反逆者か》


(わたしじゃない。狙われるのは、グラヴェル……)


彼は、わたしのせいで危険に晒される。


それだけは、何としても避けたかった。


けれどその夜、グラヴェルはあっさりと言った。


「俺は、王家に狙われるくらいでお前の傍を離れるような存在ではない」


「……でも、あなたが捕まってしまったら?」


「そのときは、全てを壊してでも戻るまでだ」


「冗談、ですよね……?」


「……九割本気だ」


フォリアは笑って、そして少しだけ、目元をぬぐった。


「困ったなぁ……優しすぎて、泣きそうです」


「弱音を吐け。ここにいるのは、聞いてくれる相手だ」


「……ありがとう」


その夜、ふたりは久しぶりに暖かな夜を過ごした。



***


だが翌日。


その穏やかな時間を打ち砕く知らせが、王都を駆け巡る。


《王都近郊にて“竜による襲撃未遂”の報》


《王家、竜の拘束に向け動く方針》


報道されたその事件は、明らかに“作られた”ものだった。


「……グラヴェルがそんなこと、するわけない……!」


フォリアは宿の中で新聞を握りしめ、怒りを押し殺す。


その直後だった。


――コン、コン。


「お届けものです」


扉の外から届いたのは、簡素な封筒だった。


中には、見覚えのある字体。


《フォリア様。竜とともにいられる時間は、もう長くはありません。この国は、あなたを“聖女”としては認めなかった。ならば……次は、何者として生きますか?“名もなき少女”か、“竜の主”か――それとも、“王家の敵”か。》


送り主の名はなかった。


けれど、宛名の端に滲んでいた香油の匂いから、フォリアは察する。


(……エルヴェルト。あの人……わたしに、“選ばせる”気なの?)


フォリアの手が震えた。


でもそのとき――


背後から、グラヴェルの重い声が届く。


「選ぶ必要などない。お前はお前として生きろ。それ以外の道など、最初から必要ない」


フォリアは、封筒を握りしめたまま目を閉じる。


「……わたし、間違っていませんよね」


「間違っていたとしても、俺が正す」


「……ありがとう」


春の空は、まだ曇りがちだ。


けれどその曇天の向こうに、確かに光はある。


それを信じて、フォリアは歩き出す。


たとえ、王家が次に仕掛けてくるのが――“宣戦布告”であったとしても。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ