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少女の覚悟

王都からの通知は、木箱に収められていた。

中には、王国の紋章が刻まれた羊皮紙が一枚。


そこに記されていたのは――

『公開裁判への出頭命令』。


「……“聖女”の名を持つ者として、王家の権威に背いた罪を問う」


「よって、王都議会にて審問を受けることを命ず。拒否した場合、反逆罪として処理される――」


冷たい文面に、グラヴェルが低く唸った。


「愚かだ。お前に罪があるはずがない」


「ええ。でも、“あの人たち”は、わたしが罪を認めたことにしたいのです」


フォリアは書状を折りたたむと、小さく息を吐いた。


「……行きます。逃げたくないから」


「敵の城に、わざわざ踏み込むことになるぞ」


「でも、“わたしが逃げた”という話をされるよりは、ずっといい。あの場所で、ちゃんと自分の言葉で語りたい」


グラヴェルは黙っていた。


そしてやがて――頷く。


「わかった。ならば俺も、お前と共に行こう」


「ありがとう、グラヴェル。……あなたがいるなら、怖くない」


***


王都の空は灰色だった。


冬が過ぎたとはいえ、まだ春の気配はほんのわずか。

冷たい霧雨が石畳を濡らし、民衆の声をぼやけさせている。


けれどその日、王都は異様な熱気に包まれていた。


なぜなら、“竜を連れた聖女”が裁かれるという噂が、町の端々にまで広がっていたからだ。


「まさか、あの竜を本当に従えてるって話、本当だったのか……」


「元は辺境の娘なんだろ? 王子に捨てられたって……それが、今じゃ“竜の主”?」


「ありえねぇ……けど、目の前の姿はどう見ても、噂以上だ」


市民たちが目を見張る中、フォリアはグラヴェルと並んで王都の中央広場に立った。


背筋は伸びていた。


震える心を抑え、足元の石を見据える。


(もう、“捨てられたあの日”には戻らない)



***



裁きの場は、王都議会殿。

そこに、王太子・エルヴェルトの姿があった。


(……久しぶり、ですね)


堂々と玉座に座るその姿を見て、フォリアは胸の奥に微かなざらつきを覚えた。

かつて婚約者だった男――自分を一言で切り捨てた人。


けれど今、その視線に揺らぎはなかった。


裁判官席の前で、フォリアはひとり立つ。


「では、開廷する」


議長が静かに言う。


「“聖女フォリア=リーナ”に対する告発は三点」


「一、王命による招集を拒否し、国家に対する不服従を行ったこと」


「二、危険な竜を意のままに操り、王国の秩序を脅かしたこと」


「三、“聖女”という立場を濫用し、王家を軽視する発言を行ったこと」


ざわめきが走る中、エルヴェルトが立ち上がる。


「かつて、彼女は私の婚約者であった。だが、あまりにも身の程を知らぬ行動を繰り返したため、王家は断腸の思いで彼女を離籍した」


フォリアに一瞥もせずそのまま続ける。


「そして今や、竜を使い、王命すら無視する。……我が国に仇なす者にふさわしい末路を与えねばならない」


その冷たい声に、フォリアはゆっくりと顔を上げた。


「……わたしにも、言いたいことがあります」


議長がうなずく。


フォリアは一歩前に出た。


「わたしは竜を“使って”などいません。彼は、わたしの大切な友です。命令して従わせているのではなく、互いの信頼の上で、隣にいてくれる存在です」


その瞳は意志に満ちていた。


「あなたたちは、わたしを“従わない聖女”と呼びますが……王子様。あなたは、一度でもわたしの声に耳を傾けましたか?」


ざわり、と空気が揺れた。


「わたしが捨てられたあの日。理由すら言われず、ただ“王太子にふさわしくない”と。それだけでした。けれど、わたしは今、こうして立っています。力も、血筋もないかもしれません。でも、誰かのために祈り、誰かの命を救おうとすることに、身分なんて必要ですか?」


沈黙。

フォリアの背後に――グラヴェルの影が差す。


竜は一言も言わない。

ただ、その存在だけで、場を圧倒していた。


「疫病の霧を晴らしたのは、彼、グラヴェルです。わたしは何もしていません。ただ、隣にいた。それだけ」


彼女の目は真っ直ぐだった。


「でも、それを誰かが認めてくれるのなら――それが、わたしの“生きる意味”になる」


再びざわめきが走る。


王子が、苛立ちに満ちた声を吐いた。


「身の程知らずが……! 民衆の憐れみを買えば、裁きが覆るとでも思ったか!」


「……思っていません」


フォリアはまっすぐに、かつての婚約者を見た。


「あなたがわたしに与えたもの。それは“追放”ではありません。自由です」


「……何を!?」


「わたしはあなたの傍で“選ばれない者”だった。けれど、今は、自分で選ぶ側に立っています。それが、あなたにとって不都合でも、関係ありません」


その瞬間、傍聴席から拍手が上がった。


やがて、その拍手は民衆へと広がり、議場の空気を塗り替えていく。


――王子の正義が、音もなく崩れはじめた。



***



裁判は、判決保留という形で閉廷された。


明確に無罪とはされなかった。

だが、王子の意図通りにことが運ばなかったことは明白だった。


王都をあとにしたフォリアに、グラヴェルが寄り添う。


「……言いたいことは、言えたか?」


「ええ。でも、少し泣きそうでした」


「泣いてもいい」


「……後でね」


春の光が、雲の間から差し込んでいた。

あの日、婚約を破棄された冬の午後とは、違う光。


そのぬくもりを背に受けて、フォリアは歩き出した。

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