表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/24

空翔ける誓い

山の麓に、黒い軍旗が立った。


王都から派遣された軍――名目は“聖女の保護”だが、実際には“連行”のための武力行使だった。


隊長格の騎士が、高台を見上げて吐き捨てる。


「……竜など、所詮は力の塊。理でねじ伏せられぬなら、剣で制するまで」


「“あの女”がどうなろうと構わん。王命に従わぬならば、それ相応の罰を」


それが“王の正義”と信じて疑わぬ者たちの姿だった。


***


砦のような山城。

フォリアはその屋上で風を感じていた。


春が近いとはいえ、ここはまだ冷たい空気に包まれている。

けれど、その風の中に確かに感じるのだ――鉄と火薬の匂いを。


「……グラヴェル、来てしまいました」


「愚かな者たちだ。なぜ静かに暮らしている者を、引きずり出そうとする」


竜の声は静かだが、確かな怒りを含んでいた。


「彼らは、“力”を都合よく使えるものだと勘違いしているんです」


フォリアは淡々と言いながら、小さな鞄に書きかけの手紙をしまった。


“もしものとき”のために。


「わたし、やっぱり怒っています」


「いい怒りだ。お前が怒ってくれて、俺は嬉しい」


「……変な竜ですね」


「そうだ。お前にとっての変でありたい」


ふ、とフォリアが微笑んだそのとき。


砦の鐘が鳴った。


「……来ます」


グラヴェルが翼を広げる。


その広がりは空を覆い、夕焼けの光を散らすような金の煌めきを放った。


「わたしはあなたに命じたりしない。けれど、お願いがあります」


「言え」


「――あの人たちに、“恐怖ではなく、真実”を見せてあげてください」


竜はしばし黙り込んだ後、短く「応」と頷いた。


***


王都軍の先頭が門前に立ったとき、突如空が唸った。


風が渦を巻き、雷もないのに稲妻が一筋、雲を貫く。


そして――金の竜が降り立つ。


「な……!」


あまりの威圧に兵たちの動きが止まった。


それでも、騎士団長が叫ぶ。


「臆するな! 相手はたかが一頭の竜だ!」


次の瞬間、空が震えた。


それは吼えではない。

“竜の詠唱”だった。


空間が歪み、兵の視界に異変が走る。


錯覚のように、兵たちは自分の手が震えていることに気づく。


(何だ……これは……感情、か?)


それは“恐れ”でも“怒り”でもない――“喪失”の感情。


そして同時に、フォリアの声が届く。


「わたしは、“聖女”として、王命を拒否します」


「あなたたちが求めているのは、都合の良い偶像です」


「わたしは誰かに使われるために生きているわけではありません!」


風に乗せたその言葉は、兵たちにとってあまりに“人間らしすぎた”。


命令と理屈だけで作られた命の使い道が、あまりにも空虚に感じられてくる。


それは、王都の兵たちの心に“ひとつの疑問”を植え付けるには十分だった。


「……退け」


グラヴェルが、低く、静かに言った。


「それでも進むなら、お前たちの正義は、俺が砕く」


しばらくの静寂――


やがて一人、兵が剣を地面に落とした。


その音を皮切りに、他の兵も、次々と剣を捨てていく。


やがて、誰ひとりとして、フォリアへと剣を向ける者はいなくなった。


***


その夜。


グラヴェルと肩を並べてフォリアは空を見上げた。


「……ありがとう、グラヴェル」


「お前の意志が、彼らを止めた」


「でも、きっとこれは始まりなんですよね」


「……ああ。王太子は、これで引き下がるとは思えない」


フォリアは微笑む。


だがその瞳には、揺るがぬ光が宿っていた。


「なら、やれるだけやってみせます。今度は、わたし自身の物語として」


春はまだ遠い。


だが確かに、彼女の心の中にひとつの季節が、始まりつつあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ