断罪の舞踏会
煌びやかなシャンデリアが、夜会の空気を静かに照らしていた。
王都の王宮最大の舞踏会場。
ここに集うのは、選ばれた貴族たちのみ。
公爵令嬢、フォリア=リーナもまた、その一人として会場の中心に立っていた。
肩までの淡いブロンドに、深いエメラルドの瞳。
宝石のように磨かれた微笑を湛え、彼女は堂々とした足取りで舞踏をこなす。
――本来なら、この日は祝福されるはずだった。
王太子との婚約が公式に発表され、彼女は未来の王妃として認められる――はず、だった。
だがその時、空気が変わった。
「皆の者に伝えることがある」
高らかな声と共に、王太子エルヴェルトが舞踏の輪を断ち切るように中央へ進み出た。
楽団の音が止まり、視線が集中する。
フォリアも戸惑いながら、彼を見つめた。
「本日をもって、私はフォリア=リーナとの婚約を破棄する」
会場が静まり返った。
まるで時間が止まったかのように。
フォリアの瞳が揺れた。
「理由は明白だ。彼女は王家に不適切な献上品を用意し、さらには隣国と通じた証拠がある」
「……なっ……そんな、嘘です!」
フォリアの声は震え、誰にも届かなかった。
「証拠はすでに王城に提出されている。ここにいる皆も、よく知っておくといい。裏切り者にふさわしい末路を」
そう言って、王太子はフォリアを突き放すように背を向けた。
貴族たちがざわめき、まるで疫病でも見るかのように彼女から距離を取る。
親族であるはずの人々さえ、目をそらした。
フォリアの両親も、誰より早くその場から姿を消していた。
「……どうして……」
声が出ない。
胸の奥が冷えていく。
膝が、床についた。
華やかな舞踏会場の中央で、フォリア=リーナは膝をつき、崩れ落ちた。
祝福されるはずの未来が、粉々に砕けていく。
「明日の朝をもって、リーナ家の爵位は剥奪され、屋敷は国に接収される。
フォリア=リーナには、辺境の地への追放を命じる」
あまりに早すぎる処分決定。
誰かが抗議の声を上げることもなかった。
王太子の隣には、新たな婚約者と目される侯爵令嬢が、満足そうに微笑んでいた。
それが、“断罪の舞踏会”と呼ばれた夜だった。
***
フォリアは、その夜のうちに王都を追われた。
軽馬車に詰め込まれ、目的も告げられぬまま、見知らぬ森へと連れて行かれた。
護衛もない。
同行者は、ただ無言の兵士が二人だけ。
「……ここで降りろ」
冷たく命じられ、森の中腹に降ろされる。
「ここは……どこですの……?」
「この先は魔物の領域だ。貴様にふさわしい終着点だな」
そう吐き捨てるように言い残し、兵士たちは馬車を返して消えていった。
足元には雪が積もっていた。
白く、冷たく、命を吸うような冷気があたりを包む。
フォリアは、歩いた。
どこかに小屋でもあれば――そんな希望にすがって。
けれど、歩けば歩くほど視界は霞み、意識は遠のいていく。
「……こんな……ところで……」
倒れる瞬間、誰かの名を呼んだ気がした。
エルヴェルト?
いいえ、違う。
あの人の名を、私はもう呼ばない。
――そう、なら。
「……誰か……助けて……」
その声は、雪に吸い込まれた。
だが次の瞬間。
その雪原に、黒い影が舞い降りた。
巨大な翼を広げ、月を背にしたその姿。
鋭い瞳が、倒れ伏した少女に向けられる。
「……また、人間か」
低く、静かな声。
男の声――けれど、獣のような唸りを帯びていた。
巨大な体が静かに地を踏みしめ、フォリアの傍へと近づいていく。
そして、ほんの一瞬、彼はその少女の顔に目を留めた。
白く凍えた頬、震える指先。
だがその顔には、誰かを信じたまま裏切られた者の、静かな哀しみが刻まれていた。
「……愚かな人間どもめ」
それだけを言い残して――
最強竜、グラヴェルは少女をそっとその腕に抱き上げた。
雪が、深く舞う。
そして、二つの影が森の奥へと消えていった。
それが、二人の物語のはじまりだった。