7_鬼人?英雄?
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「よかったんですか?あの三人を帰して」
周防は声のする方へ視線だけ動かす。
「やぁ、お疲れさん」
そう言って視線の先にいる藤堂キョウヘイという若い刑事に片手を挙げた。
周防が所属している第九系特異犯捜査一課は、あまり情報を多くの人間に共有することができない案件を扱うことが多い。結果的に大規模な所帯にはならず、課長という役職からイメージされるほど部下は多くない。藤堂は元々交通課だったのだが、一人事故で全治二ヶ月の負傷をしたためその補填ということで最近、急遽配属されたのだ。
「無断で家屋に入ったんですよね?明らかに怪しいじゃないっすか」
藤堂は、少しだけ眉間に皺を寄せ、赤井たちが出ていったドアの方へ顔を向けた。
確かにそこだけかいつまんで言葉にするとかなり怪しいと思う。
いや、細かく話しても怪しいのではないか。
「おぉ、そうだな。お前は見る目がある。まぁ、なんだ。昔の上司なんだよ」
笑いそうになるのを堪えるために、周防はわざと煙草を吸うように手を口に当てた。
「そうなんですか?えっと、周防さんの元上司ってことは、あの真ん中にいた一番胡散臭そうな…」
「そうそう、お前はほんとに見どころがあるよ。赤井オリザといってな」
その名前を出した途端、藤堂は姿勢を正して目を輝かせた。
「え!赤井オリザって、あの英雄オリザさんですか?!」
「英雄?」と言って周防の片眉が少し上がる。周防の聞き間違いでなければ、英雄と、そう言ったのだ。鼻息が一気に荒くなっているこの青年は、自分が十秒前に胡散臭いなどと言ったことはすっかり忘れているらしく、明らかに興奮気味だ。常に省エネを心がけている周防の一日分のエネルギーを凝縮したものがそこにありそうだった。
「凄いです!周防さんってあの伝説のSPの部下だったんですね?!」
「あぁ、まぁ、そうだな」
随分と煌びやかな言葉が冠としてつけられるものだと少し戸惑いながら返事をする。確かに赤井はある意味有名だ。語り草になるような逸話は山ほどある。だから百歩譲って「伝説」はまだ理解できるというものだ。
しかしこの若者は、聞き間違いでなければ赤井のことを英雄と言ったのだ。
「俺たちの間では鬼人と呼ばれていたがな」
「そうなんですか?うーん、『鬼神』もかっこいいすけど…自分、ずっと憧れだったんですよ。「フリーシード」から政府の要人を護っただけじゃなく一人で壊滅にまで追い込んだ逸話、大好きなんだよなぁ」
といって藤堂が眩しそうに目を細める。
「あぁ、フリーシードね」
といって周防は遠い目をする。確かにあれは大変だった。一人で壊滅と言われたら赤井はきっと「何を馬鹿なことを」と言って否定するだろう。だが赤井がいなければ壊滅していたのはこちらの方だったことも間違いない事実だ。
「しかしそんな話、どこで聞いたんだ?」
「訓練生のころ、教官からことあるごとに聞いていました」
誰だ、そんなことを若い奴にふきこむのは、と思わないでもなかったが、これ以上昔話を思い出すのも億劫なので、首を回しながら「そうか」というと、視線だけでなく体を藤堂の方に向けた。
「それよりは、こっちが先だろ。現在の状況は?」
周防はそう言って下を指差す。こっちとは今立っている場所であり、もちろんこの事件の当事者であるヒューマノイドのことだ。藤堂も我に帰ったようで、すぐに律儀そうな発声で「はい」と返事をすると手帳を取り出して報告した。
「ヒューマノイドの登録名は「ユウリ」、オーダーメイドモデルで約半年前に大田黒が開発」
「話はできるの」
「実は…緊急停止したように動かない状態です。ただAI技術管の冴木さんが、大田黒を殺害した映像をユウリの表層メモリから抽出しています」
「なるほどね。ロボット本人の記憶が動かぬ証拠になるわけだ」と言って周防は天井を見上げる。
「しかし問題が…」
「なに」
「ソフィアから、真犯人の再考を提案されています」
周防は、藤堂を一瞥し、ため息混じりに
「そうか。ソフィアがねぇ」といって視線を床に落とした。