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10_可愛い人

「壊して終わらすのは簡単。でも大事なのはそれが何に変わろうとしているか。そして変化する時、その理由はいつでも人間の欲望に直結していた」


「なんだか、タロット占いをされているみたいですね」


 小津がそう言うと、如月は一瞬だけきょとんとした顔をして、それから声を立てずに笑った。


「あら、やだ。私ったら。そんなつもりはないのよ」


 そう前置きしてから、すぐに続ける。

「でもね、占いと分析って、案外近いところにあるの。

 どちらも『起きた事実』じゃなくて、『これから起きそうな流れ』を見るでしょう?」


 如月はカップを置き、肘をテーブルについた。

「違いがあるとすれば――占い師は外れた時の言い訳を用意している。分析屋は、外れたら自分が間違っていたと認める覚悟がある。私は後者の方が性に合ってるだけ」


 小津は少しだけ肩の力を抜いた。

「…覚悟ですか」

「あ、大丈夫よ。そんなに気にしないで」


 即座に返ってきた言葉に、小津は思わず瞬きをした。

「あ、いえ、すみません。気にしてるって……どうしてわかりました?」

 如月は首を傾げ、楽しそうに問い返す。

「わかる?あなたが気にしたかどうか?」

「……はい」

「間よ」

「……間?」

「そう」

 如月は指で空中に小さな円を描いた。

「小津君、あなたね。話を聞く時、相手の反応はよく見ている。表情とか、声の調子とか、言葉を選ぶ速度とか。でも――自分が話すタイミングは無意識ね」


 小津は黙って聞いている。


「もちろん戦略的な間や演技である可能性もあるけれど、そうじゃないと私は分析した」

「……」

「悪いことじゃないのよ。むしろ」

 如月は柔らかく笑った。

「あなたは可愛い人ね」


 小津は黙って如月を見る。


「私にも、そういう時期があったかしら。世界を壊したいわけじゃないけど、世界の仕組みには納得できなくて、それでも人を突き放すほど冷たくはなれなかった頃」

 彼女は一瞬、遠くを見るような目をしたが、すぐに戻ってくる。

「だから今のその思考感覚――疑っているのに、切り捨てない。理解しようとするけど、盲信しない。それは大事なことよ。誰でもできることじゃない。でも、うん。あなたならきっと大丈夫」


 断言だった。励ましではなく、観測結果のような口調。凄まじいまでの思考の速さで如月は、小津自身ですら解っていない何かを見たのだろう。

 そして、完結したのだ。彼女もまた、ユリとは違うタイプの天才だな、と思う。

 

 如月は視線を小津の鞄へ落とした。

「さて。そろそろ本題に入りましょうか」

 

 小津は一拍だけ間を置いてから、鞄を引き寄せた。

「……実は、見ていただきたいファイルがあって」


 如月の目が、わずかに細くなる。

「でしょうね。でなければ、こんな朝から閉店中の喫茶店に呼び出したりしない」

 彼女は立ち上がり、革ジャンの裾を整えた。

「ここはね、話をする場所。触る話は、別の場所」

「……別の場所、ですか?」

「ええ。安心して。誰にも邪魔されないし、誰にも聞かれないところ。あなたのこと、気に入ったから案内してあげる」


 そう言って、振り返りざまに微笑む。

「勘が動いたでしょう?――その勘、裏切らない方がいいわよ」


 小津は静かに頷き、立ち上がった。

 喫茶店《木馬座》のベルが、再び短く鳴る。

 その音は、不思議と“始まり”の合図のように聞こえた。



 ***

 喫茶店《木馬座》の扉が閉じると、外の音が一段遠のいた。

 如月は迷いのない足取りで路地を抜け、古い雑居ビルの前で立ち止まった。

 外壁のタイルは所々剥がれ、テナントの表示も半分以上が空白だ。


「……ここ、ですか?」

「そう。意外でしょう」


 如月はポケットからカードキーを取り出し、エントランス横の端末にかざした。

 電子音は鳴らず、代わりに低く短い振動だけが返ってくる。


「目立たない。古い。人が寄りつかない。それでいて、誰も疑わない。研究室に一番向いてる条件よ」


 エレベーターは使わず、階段を上る。

 三階で止まり、非常灯だけが点いた廊下を進むと、突き当たりに一枚の金属扉があった。

 装飾も表札もない。

 如月は一度だけ小津の方を振り返る。


「内緒よ」


 人差し指を立てて、小津に向かって綺麗に片方の瞳を閉じた。


「わかっています」

「いい返事」


 扉が静かに開く。

 中は、喫茶店の柔らかな空気とは別世界だった。

 白を基調とした室内。

 作業台、隔離用端末、解析スクリーン、そして無数のログモニター。

 無骨だが、徹底的に“癖”が消されている。


「派手さは嫌いなの」

 如月はそう言って、照明を少しだけ落とした。


「技術ってね、目立ち始めた時点で嘘をつくのよ」


 小津は鞄から端末を取り出し、慎重に差し出した。

「……これです」


 如月は受け取る前に、一瞬だけ手を止めた。


「ちなみに聞くけど――あなた、これを見つけた時、どんな感じした?」

「え?うーんなんとなく違和感というか…気持ち悪さを感じましたね」

「でしょうね」


 彼女はようやく端末を受け取り、防電マットの上に置く。

「危なそうとか、違法そうとかじゃないの。その“気持ち悪い”ってやつ。あれはね、脳じゃなくて、身体が先に気づいてる」


 起動音。

 ログが走る。

 如月は操作を始めて、数秒で動きを止めた。


「……ふふ」

「……もう何かわかったんですか?」

「ええ。確信はまだ。でもね」


 彼女は画面を見つめたまま言った。


「これは事故じゃない。もしかすると、昨日の事件にもつながりがあるかも。ユリちゃんもそう思ったから私を紹介したんでしょうね」

 小津の背筋が自然と伸びる。

「コードの並びが綺麗すぎる。隠す気がないのに、雑でもない。――つまり、見せるために置かれたもの」

 彼女は振り返り、はっきりと言った。


「犯行声明よ。しかも、かなり自己陶酔が入ってるタイプ」


 少しだけ口角を上げる。

「でもそうね。これを作った人間は、頭が切れる。でも――」

 一拍、置く。


「使った人間は、そこまでじゃない」


 小津の返事を待たず如月はモニターに視線を戻し、静かに続けた。

「さて。ここからが本当の仕事ね」


 解析が始まる音だけが、室内に淡く響いていた。

 如月はキーボードから手を離し、背もたれに軽く体重を預けた。

 モニターには複数のウィンドウが並び、drv_shrd.dllの内部構造が断片的に可視化されている。

 数秒の沈黙。

 そして、吐き捨てるように言った。


「――作った人物は一流。使った人間は三流以下」


 小津は思わず聞き返した。

「……そこまで、はっきり言えるんですか?」

「言えるわ」

 如月は即答した。迷いがない。


「このドライバ、ヒューマノイドの中枢制御に触れちゃいけない場所がどこか、正確に分かってる。しかも、直接壊さない。『暴走させる余地』だけを残している」


 彼女は画面の一部を拡大する。

「ここ。本来なら完全に隠すはずの呼び出しが、わざと痕跡を残してる。美しくない。でも――作者の美意識じゃない」

 小津は眉をひそめた。

「……どういうことですか?」

 如月は椅子を回転させ、小津の方を向いた。


「ねぇ、小津君。こんな道具を用意できる人物が、誰でもわかるような場所に置きっぱなしにすると思う?」

「……いいえ」

「でしょう?」


 彼女は軽く肩をすくめる。

「使った人間が、わざとここに置いた。見つけられるように、気づかれるように。“自分は特別だ”って言いたいんでしょうね」

「……犯行声明、ですか」

「ええ。まさに」


 如月の声には、苛立ちと同時に、どこか冷めた諦観が混じっていた。


「要するに――自己顕示欲が強くて、自惚れていて、自己陶酔してる。若いわね」


 彼女は再びモニターに視線を戻す。

「たぶん本人は気づいてない。自分が選ばれたと思ってる。この力を託されたって、本気で信じてる」

 小津の脳裏に、昼の事件の映像がよぎる。

「でもね」

 如月は淡々と言った。


「作った人間からしたら、ただの捨て駒よ」

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