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9_如月マキ

◾️第二章-3⸻

翌日。

小津は赤井の了承を得て一人で如月から指定された場所へ向かっていた。


「これは…」


駅から少し外れた細い路地にある喫茶店《木馬座》の看板を見つけて、小津は心の中で鳴らせない口笛を吹く。

入口の看板には擦れたペンキで「Since 1989」と書かれており、隣に置かれた植木鉢は葉の色がややくすんでいる。早い話がかなり年季の入った店構えなのだ。


扉には『CLOSED』と書かれているプレートが吊り下げられているが指示通り構わず開けるとカランとベルが鳴り、同時にコーヒー豆の深い香りが鼻を掠めた。


入り口に近い席はカウンターになっていて、その内側にいる店主と思しき口髭を蓄えた初老の男性と目が合うと、小津に向かって微かに頷き、店の奥に向けて手を伸ばした。進め、ということだろう。


奥に進むとテーブル席があるのが見えた。意外と広い造りになっているようだが、開店前だからか照明は抑えられていて薄暗ささえ感じるほどだ。

そして窓際にある席、一人がけのソファに昨夜写真で見た如月が座っていた。

一見すると無造作にも見えるほどのショートヘアだが、ぼさぼさというわけでは無い。

黒いドレスに革ジャンを羽織っている俳優のような装いで、ちょうどフレンチプレスを持ってカップにコーヒーを注いでいるところだった。


「失礼します。如月(きさらぎ)博士でいらっしゃいますね」

「あら、意外といい声じゃない」


如月はそう言った後に視線をあげ、小津を見た後「どうぞどうぞ、そちらに座って」とと向かいのソファへ促した。


「ありがとうございます…朝から急な依頼で申し訳ありません」

「大丈夫よ。うん、ちょうど今日は時間があった。ユリちゃんから話を聞いてたから、お会いできて嬉しいわ」


如月が目を細めながら小津に向かって微笑む。

ブラインドの隙間から、午前中のまだ酸味を持った陽の光が如月の微笑を照らす。

(この人が、ユリの師匠(せんせい)…)


――如月マキ


人工認知アーキテクト、倫理的分散AI開発者という、分かりそうで具体的なイメージがつかないような肩書きにしているのはワザとだろうと思う。

しかしネット上にも公表されていかった経歴の中には、軍事用AIの思想設計にも携わっていたことがあるという。


「ねぇ、小津君って聖書は読んだことある?」

如月からの唐突な質問。昨日ユリからもらった注意点にも書いてあった。

予告は受けていたがいざやられるとやはりドギマギするものだ。


「え?えぇ…読んだと言うか、断片的に知っているくらいですね」

「あら、そうなのね」

「読まれるのですか?」

「そりゃあ、こんな仕事をするんだから、聖書くらい読まないと」


宗教家以外でどんな仕事をすれば「聖書くらい」と言えるのか分からないが、早速面食らっている小津のことなどお構いなしに、如月は話を続ける。


「で、あなたの心に残っている部分は?」

「彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない」

「まぁ…素敵。なんということでしょう」


如月の口調が急に熱を帯び、瞳を大きく開けて両手を組み、嬉しそうに微笑む。その反応は客観的にみれば芝居じみているのに、嘘っぽくなかった。

しばらくその表情で沈黙を守った後、ティーカップを持って紅茶に口をつけた。


「その箇所を挙げた人は久しぶりね。多くの人は罪や裁き、祝福の部分を言うけど、あなたは『変化』を選んだ」

「変化…ですか」

「えぇ。武器を農具に変えると言うところ。これは投げ出す、否定ではなくて()()()()()を意味しているの」


あぁ、やっぱりこの店のコーヒーは最高ね、と言ってソーサーににカップを置いた後、中で揺らぐ液体を微笑みながら眺めていた。


「壊して終わらすのは簡単。でも大事なのはそれが何に変わろうとしているか。そして変化する時、その理由はいつでも人間の欲望に直結していた」

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