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6_ぶっ潰す!

***

ナギサ、西宮と小津は満島に連れられて渋谷警察署の小会議室で任意聴取という名目で十五分ほど話をした。

特別新しい事実はなかった。お互いの連絡先を交換し、何かあったら協力するという話をしただけだ。


「ま、実際の捜査は周防さんたちになるけどね。君たちと繋がれたのは収穫や」


満島はそう言って薄い笑みを浮かべていた。

そして社長の赤井オリザが到着し、帰って良しという許可が得られたのだ。

***

今は帰りの車中、運転席にR/F社社長の赤井、助手席に小津が座り、後部座席にナギサと西宮が座っていた。


「なんか、赤井さんが来た時、みんなちょっと色めきたってませんでした?」


そうなのだ。赤井は小津たちが小会議室に着いて間もなく到着した。様子からして満島とは初対面のようだったが暫く話していると、突然部屋に数人のスーツを着た男性たちが入ってきて、赤井に対し「お久しぶりです」だの「お会いできて光栄です」だのと挨拶をしていたのだ。

小津がその光景を思い出しながらいうと、後ろに座っていたナギサが窓の外を見ながら涼しげな顔で


「利用したのよ」と言った。


「あぁ…。な・る・ほ・ど」

ナギサの言葉を聞いて小津は納得したように頷く。


「ナギサさん、よく分かりましたね」

小津の言葉に、ナギサは相変わらず外を眺めながら顔をしかめた。


「そりゃ分かるよ。私だってイヤってほど経験してきたからね。満島さん…だっけ。あの人頭良いよ。相当な切れ者って感じ」


確かにナギサを利用して政治家である父の袋小路リュウゾウに近寄ろうとする者はいるだろう。小津は助手席から後部座席に顔を覗かせると、西宮が不思議そうな顔をしていた。


「え?ちょっと待ってどういうこと?その、赤井さんが満島さんに利用されたってこと?」


西宮は赤井と会うのは初めてだから意味がわからないだろう。そう思いながらも小津の口から言っていいものか分からないので運転席に座っている赤井を見ると、オールバックで執事長のような風貌をした社長は、前を向いたまま至って柔和な表情でバックミラー越しから西宮に微笑んだ。


「なに、私が以前警視庁に勤めていたことがあったというだけですよ。昔の同僚や部下が今はそれなりのポジションにいるので何人か、少し挨拶をしました」


赤井は洋画俳優の吹き替え声優みたいな角の取れた声でそう言った。


「赤井さんは伝説のSPなんですよ」

「小津君、変な吹き込みはよくありませんね」


赤井から注意を受けるが、小津は「だって必要な情報ですよ」と言って口を尖らせながら肩をすくめた。

赤井の表情からも、隠す必要はない部分のようだ。後を引き継ぐように小津が口を開く。


「今捜査の主導は恐らく周防さんたち…警視庁の特異捜査班です。でも事件が起こったのは渋谷ですから、管轄としては渋谷警察署のはず。だから多分ですが…満島さんは渋谷警察署の人たちに筋を通しに行ったんじゃないかなぁ」

「うーん、少しわかった気がするけど……」


まだ腑に落ちきれていない様子で、西宮が考えている。

彼女には言わないが赤井もALAを使う能力者だ。現役SPだったころは『鬼人オリザ』の異名を持っていたらしい。そしてそれは、つい先日偶然巻き込まれた事件で初めて赤井のALAを目の当たりにすることになり証明されたわけだが、その際小津は「今後決して赤井には逆らわないことにしよう」と固く決意したほどに超恐力だ。思い出すだけで体感温度が五度は下がる。


「でも、あんなテロなら本庁が主導になるのは自然でしょう?」


「多分そうだと思います。でも特異捜査班を指名したのも満島さんみたいですし、それに対してやんわりとした摩擦はあるかもしれない。可能性があるなら後々で対処するよりも一秒でも早く出向いておくというのは、メリットこそあれデメリットはなさそうです」


「なるほど、そこで伝説のSPだった赤井さんがいれば、説得力が増すって感じなのかしら。どちらにしても火種になりそうなものは早めに摘んでおくってことね」

西宮は納得したように頷いた。


「…とにかく、二人とも無事で何よりでした」


赤井の表情と声色は普段と全く変わらないが、今日は普段よりもどこか暖かく、ひだまりのような安心感がある。

しかしナギサはといえば、先ほどから浮かない顔で外ばかり見ていた。


話は聞いているし、話しかければ応答する。コミュニケーションに問題があるわけではない。

だが表情は曇っている。(おり)が溜まったような目の奥を見せまいと時折細め、唇を噛んでいた。

それに対し、ここにいる全員「どうして」とは聞かない。聞くほど野暮ではない。

決まっている。


——何故、どうしてあんなことを——


そんなやり場のない怒りと疑念。

犠牲になったのが知人か、そうでないかの違いではない。もちろん濃淡はあるのだろうが、その心情は察して余りある。


それだけではない。


普通なら恐怖によってトラウマになるような出来事だろう。他人を思う余裕などなくて当たり前で決して責められはしないが、ナギサの場合は違うのだ。つまり、


——あの時、能力を一瞬でも早く発動していれば助けられた命があっただろうか——


そんな自問と後悔。

本来それはナギサが負うべきものではないと、小津は思う。赤井もそう思っているはずだし、もし小津がナギサの立場にいたとしたら、ナギサもそう思うだろう。

だが少なくとも今は、そういう問題ではないのだ。


ため息を吐くわけでもない。しかし時々、静かに大きくゆっくりと息を吸い、そしてやはり静かにゆっくりと吐き出している。


すると突然、西宮がナギサの頭をチョップした。


「——!」


いきなり頭をはたかれて驚くナギサに、西宮は「もぉ!」と言って頬を膨らませた。


「私のチョップもかわせないのに、みんなを助けられるわけないでしょ!」


考えを見透かされていたことには驚かず、ナギサは西宮から目を逸らす。


「——え、えぇ……ごめん。そう、そうだよね……」

「違うでしょ!ほらぁ!」


そういうと、今度はナギサの顔を両手でぱちんと挟むと、そのままぐいと彼女の顔に向けさせた。

尚も呆けた顔のナギサに向かって、西宮は潤んだ力強い目でナギサと視線を交わす。


「私を見て!ナギサちゃん!私を救ったのはあなたなのよ!」

「カオル…」

「中学の頃いじめられてた私を助けてくれたのはあなただった。あなたがいなかったら、きっと私あの時死んでた。今日だってそうよ…。何度でも言う。あなたのおかげで私は今生きてる。だから、だから…」


声を詰まらせながらも西宮の目は真っ直ぐだ。


「ナギサちゃん、私は…いつもありがとうって思ってる。あの日から、あなたは私のヒーローなの。それはこの先どんなことがあっても変わることのない…だからみんなを助けられなくても…そんなに背負い込んじゃダメ。元気出して…」


そういうと、カオルはずずっと鼻水を啜り


「あ、ヒーローっていうのは違うわね。ヒロイン?でもやっぱり強そうなのはヒーローなんだよねぇ」

と言って笑った。


「ヒーローは性別の限定がない言葉ですね。いやぁでもナギサさんがヒロインっていうのはちょっとイメージ的にも無理があ…あいて!」


「小津、あんたは黙ってなさい」


「痛いなぁ。舌噛んだらどうするんですか。ナギサさんのはチョップじゃなくて手刀なんですよ…って、いったぁ!」


助手席の小津は頭を抱えながら後部座席を振り返ると、目に入ったのは見慣れたナギサの顔だった。


「あ、よかったですね。憑き物が落ちた感じがしますよ」

「うっさいわね。ロボットオタクの軽口デリカシーナイオトコ。あんたは少し黙ってなさいって言ったでしょ」


ナギサは小津には手をひらひらさせながらそう言うと、西宮の方に身体を向き直した。


「ありがとう、カオル。おかげで目が覚めた」


そう言うと、ナギサは西宮に一度ハグをしてから微笑みかけ、そして


「R/F社で犯人を捜してぶっ潰す!」

と言って、右手の拳を振り上げた。


「へ?」と思わず小津が声を上げる。


「私とカオルをこんな目に合わせたことを後悔させてやるんだから」

「いや、犯人を捕まえるのは警察の仕事ですから」

「捕まえるなんて言ってないわ。潰すって言ってるの」

「余計意味がわかんないです」

「失神させない程度且つ私の気の済むくらい殴った後、地べたに這いつくばらせて潰す!」

「せめて比喩表現にしてもらえますか」


ナギサの潰すは言葉本来の意味になってしまうので笑えないのだ。しかし本人はふふふ…と笑みを作り、今にも髪は逆立ち、「人間ども…」とでも言いそうほど鼻息を荒くし指をポキポキと鳴らしている。その様はヒーローどころか完全にヒーラーである。


「っていうか…まさかとは思いますが「私たち」の中に僕は入っていないですよね?」

「入ってるに決まってるでしょ。あんた社員じゃない」

「えぇー…」


赤井に助けを求めようと運転席に目を向けると、まるで場違いなほど柔和な表情をした社長が小津に向かって微笑みかかけた。


「業務と並行してなら問題ないでしょう」


小津はブラックアウトしそうな意識をなんとか保とうと頭を抱えた。

まったくどいつもこいつも…

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