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5_どっちが本当か

◾️第一章-3

「死者は三名、重症者含め負傷者は十名…こう言ってはなんですが、奇跡的です」


警視庁 科学捜査研究所物理科の技官である宿利原(やどりはら)マキが、真っ直ぐな視線で周防に報告した。その鋭い視線に、誰を射抜こうとしているのか聞きたくなる衝動を抑えながら、周防は目にかかってもいない髪を掻き上げた。


「そう、良かったじゃないの」


周防は辺りを見渡しながらそう言った。現場付近はまだ慌ただしい。最近では仮想空間での交流が増えているので昔ほど人通りは多くないとは言え、ここはまだ人だかりができやすい方だ。バリケードの向こう側で何人かが写真を撮っているのが見えた。


「それはそうですが……本来の規模なら、死者は二桁、負傷は五十から百でもおかしくありません。爆心の形状と焼損、残留破片の断面から見て、ここまで軽い被害は逆に異様に思えて」


訝しげな表情の宿利原を見ながら、周防は内心なるほどね、と思い顎を引く。しかし表面上でも報告と考察は聞いた方が良い。


「理由は?」


「破片の飛距離が極端に短いです。今回の場合、火薬による熱よりも危険なのは破片物による被害です。爆発によってヒューマノイドの破片が散弾銃のように飛び散ったはず…なのに十メートルを越えた痕跡がほぼありません。アスファルトの穿孔も浅い。刺創は最前列のみ。まるで、一瞬にして紙になったような挙動です」


「紙みたいに軽くなったら、逆に遠くまで飛ぶんじゃないですか?」


横から藤堂が口を挟んだ。論理的な思考ではないが、気持ちは分からなくもない。周防が横目で制しかけたが、宿利原は首を横に振って、そのまま説明に移った。


「いいえ。パチンコの鉛玉を、丸めたティッシュに変えたと思ってください。鉛玉——あの金属の球は密度が高くて重いから、空気を割って真っ直ぐ遠くに飛ぶ。けれど丸めたティッシュは密度が低くて軽い。空気にすぐ捕まって失速して、途中でヒラヒラ落ちる。結果、飛距離は短くなるんです」


技官の説明を聞いて、藤堂はなるほどそうなんですね、と無邪気に納得する。藤堂はALAのことを知っているが思い至ってないらしい。

周防は、上を見上げて浅く息を吸った。


(こりゃ、ナギサお嬢さんに助けられたね)


しかし宿利原はALAアンチ・ロジカル・アビリティの存在を知らないし教えるわけにもいかない。ALAはその特性から広く知られるわけにはいかない能力だ。周防の第九系特異犯捜査一課は例外として、警視庁内でも上層部しか知らないし、正しく認識している人間は更に限られてくるだろう。


「外周のガラス破損については衝撃波による面外(たわ)みは確認できたものの、貫通孔はゼロ。もし通常の金属片が飛んでいれば、二十メートル先の低層窓に貫通痕が出ます。しかしなぜか出ていない…」


宿利原は唇に手をあて、最後の部分は独り言のようにつぶやいた。

本来の物理であれば彼女のいう通りなのだろうが、その物理法則を捻じ曲げる能力をナギサが発動させたのだ。有難い反面、捜査班がそこに固執すると方針が乱れてしまう。


——否、だからこそ満島からわざわざ第九系特異犯捜査一課の指名を受けたのだ。


偶然居合わせたという狐目の検事の咄嗟の判断力に舌を巻きつつ、周防は静かに息を吐いた。


「つまり、飛散の途中で飛ばない破片にすり変わったと」

「いえ、そんなことは…。あり得ないですが爆圧と温度条件で何らかの化学的変性が起こったか——。それらはこれからの鑑識で詰めます」


宿利原の歯切れを悪くさせたかったわけではないのだが、少し意地悪な言い方だったかもしれないな、と周防は反省した。


「そう。でも重要なのは破片の飛距離じゃなくて犯人を割り出すための捜査だ。よろしく頼むよ」

「了解です」と言って宿利原は捜査に戻って行った。


それを見届けてから、周防は空を見上げた。雲がかかり、もうすぐ雨が降りそうな色をしている。


「お前も突っ立ってないで仕事しろ」


空を見たまま、横に立っている藤堂にそう言った。


「…フリーシードが本当に復活するんでしょうか」


先程の雰囲気とは打って変わって闇が広がる。自爆直前にピエロが放ったらしいフリーシード復活の宣言。それは十年前に壊滅させたはずのテロ組織だ。藤堂は当時まだ学生だったが、両親はフリーシードの幹部と関わったことが原因で命を落としている。それは警察になる前とは言え、目の前の若者からすれば昔というほどの時間はまだ経っていない。


「さぁな。手口は似ているところがあるが、模倣である可能性も閉じちゃいない」


そう言って視線を藤堂に向けると、青年の刑事は俯きがちに目を細め、唇を噛んでいた。

ふと、先程の天真爛漫な言動と今の闇を纏ったような青年は、どちらが本当の姿なのだろうか、という疑問が周防の頭をよぎる。


しかし答えはすぐに出された。否、既に出ているのだ。「どちらも本当だ」と。


人はそれほどシンプルじゃない。どちらかを嘘にしてしまうことは、自分の半分を否定するようなものだ。

周防はその顔は見ないふりをして藤堂に向かって歩き、軽く肩を叩いた。


「さぁ、捜査に戻るぞ。誰であろうが犯人は俺たちで必ず捕まえる…。必ずだ」

「はい!」


青年刑事は振り切るように大きな声を出し、周防の背中を追いかけた。

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