4_偶然
◾️第一章-2
幸い車の往来は少ないので渋滞には巻き込まれなかったが、現場付近は通行止めになっていた。
『ここで降りて、あとは歩いて向かうのが一番安全です』
イヤーカフから聞こえるフレイヤの指示で、小津はタクシーを降りて歩き出す。
するとちょうど、赤井からメッセージが届いた。
《到着まで十五分、ナギサくんを頼みます》
了解、と打って送信すると同時に、背後に気配を感じたので振り返った。
お互いが「あ」と言って
「小津君じゃないか」
「周防警部、それに藤堂さんも…」
警視庁第九系特異犯捜査一課、周防タダユキ警部とその部下である藤堂キョウヘイがいたのだ。二人とはつい最近小津たちが巻き込まれた事件でも関わりがあった。そして警察内部でも知る者は少ない、ALAを認知している特殊な部隊でもある。
「ナギサさんが、爆破テロに巻き込まれました」
「なんだって!?ナギサお嬢さんが…」
周防の眉が僅かに上がる。知らなかったところを見ると、周防たちも今しがた到着したらしい。口調からどことなく気だるげな雰囲気を纏っているが、それは鋭利な感覚を抑えるための演出、刀の鞘のようなものだと小津は思っている。
周防はナギサがに、ナギサの父で政治家である袋小路リュウゾウのSPをしていたことがあるのだ。だからナギサのことは今でもお嬢さんと言っているらしい。
小津は周防と藤堂にかけあって特別に同行を許可してもらった。現場に到着した頃、救急車が重症者を運び込んでいる最中で、ちょうど警察も続々と到着しバリケードが作られているところだった。
「ナギサさん!」
周防と藤堂がいてくれたおかげでそのバリケードの中に入ることができた小津は、ナギサを発見し駆け寄った。
ナギサは、小津と顔を合わせて漸く安堵したような、しかしなぜだかその表情を自重するかのような、複雑な表情をした。
「大丈夫ですか?」
「私は大丈夫…それより…」
ナギサの視線の先を追って、小津は目を細めた。
凄惨、そんな言葉が頭をよぎり、そして固定される。
目に入ってきたのは血の跡。しかもかなりの量であることが明白であるほどの。
「許せない……。なんでこんな——」
僅かに声が震わせ、スラリとした腕の先にある拳が力強く握られている。それは恐怖などではなく怒りであることは小津にもわかった。
「あの…」という声が聞こえたので小津はそちらを見る。
「小津君ですよね?」
なんと知り合いだったのか、と内心どきりとして、じっと顔を見る。
(うーん。そう言えば見たことあるような…でもわからん)
「えっと、本当にすみません。どこかでお会いしたような気はするのですが…」
この場を切り抜けるだけなら何となく話を合わせるスキルはあるのだが、状況が状況なので正直に言うことにする。
すると相手は少しはにかんだように
「西宮です。今は西宮カオルと名乗っています」と言った。
「え?あぁ…西宮先輩」
小津は納得したように口を縦にして声を出した。
西宮は高校の一学年上の先輩で、その当時は西宮トオルだったはずだ。ナギサと仲が良く、小津は密かにナギサの彼氏ではないかと思っていたのだが、ナギサは笑って否定していた。その理由がなんとなくわかった気がした。
髪は長く黒髪、後ろで結んでいる。薄手のジャケットに黒いスラックスというシンプルな服装は月並みな表現で言えばキレイ系。メイクをしているからか、当時の印象とかなり違うのだが、確かに顔は面影がある。古い表現で言えば当時は男性、今は女性なのだろう。
「良かった、覚えててくれたんだね」
「お久しぶりです。それより…無事で良かったです」
再会を喜びたいところだが流石にそれは憚られるし、そんな気分にもならないだろう。
西宮の顔は力無く、若干の疲れが見て取れる。
二、三言葉を交わしてからナギサから当時の状況を説明してもらっていると、知らない男が近づいてきた。
「やぁ、お待たせ。袋小路ナギサさんと、…あれ、キミは小津マモル君やね。検事の満島です」
満島と名乗った男は、細目を弓のようにしならせて薄く笑いながらそう言った。
「えっと…お会いしたことありましたっけ?」
向こうが知っていると言うことは、西宮と同じように小津の記憶の中にある姿と違うのだろうか。二十代と言われればそうだなと思うし、三十代と言われてもまぁ納得するかなという掴みどころのない容姿だ。ナギサの反応も確認してみるが、知らない、というように小さく首を振っている。
満島は、「初めましてですよ」と言って、なぜかケタケタと笑った。
「そりゃ、この前の事件でR/F社さんの活躍は聞いてるから」
「あぁ、それで」と小津が納得する。
活躍ではなく気づいたら巻き込まれていただけなのだが、それは流すことにした。
「でも、それ以前に二人とも有名っちゃ有名や。なんせ袋小路ゆうたら名家やし、小津君、君かてあの小津トウマ博士の孫やねんから」
確かにそうかもしれない。小津トウマはグラフェン素材を活かしたヒューマノイドの人工皮膚「グラフレックス」を開発した人物だ。だがそれは祖父の偉業なので自分ごととして認識したことはなかったが、他人から見れば「あの小津トウマの孫」という台詞は過去にも何度か聞いたことがある。
「満島さんは、あの時いましたよね?」
ナギサから聞いてそうなのか、と小津は思う。あの時というのは当然、爆破テロの時だろう。満島は肩をすくめた。
「今日は非番やった。ヒカリエでランチでもしよう思てね」
そう言って、チェック柄のジャケットの裾を指でつまんで見せる。確かに検察官と名乗るにはラフだなとは思っていた。だがポケットから出したケースだけは重そうな質感で、蓋を少しずらすと金属の縁がちらりと光った。
「偶然とはいえあのピエロを見た時、確かに違和感を感じたのは事実や…まさか自爆するとは思いもせんかったけど」
本当にそうだろうか、と思わなくもなかったが、ナギサが居合わせたのだってただの偶然だ。
ナギサは小さく息を吐いた。
「でも、満島さんの判断が早かったおかげで被害が抑えられたと思います」
「いや…被害が抑えられたんはキミのおかげや」
そういうと、満島は「場所変えよ」と言った。




