6_あー疲れたーっ
その後、いくつか情報交換をしたあと、小津とナギサのALAについての情報を赤井から周防に送ることを条件に帰宅の許可が出された。
「あー疲れたーっ」
車のシートに座ると同時にナギサが伸びをしながらそう言った。
多少不謹慎な気もするし、あの現場を見ておいてその反応はどうなのかと小津は思ったが、疲れたという感想は同意するしかない。
「それにしても、意外とあっさり帰してくれましたね」
事情聴取というものがどういう形式でされるのか小津にはよく分かっていないが、あんな立ち話で終わるとも思っていなかったので、幾分拍子抜けした感はある。
「それより、周防さんが来るなんてびっくりよ」
「あぁ、ナギサさんのお家で働いていた」
「そんなお手伝いさんみたいな人じゃないよ。お父様についていたSPだから。私と初めて会った時はまだ新人っぽかったからそうね、今は三十後半ってとこかしら。話したのだって片手で数えるくらいじゃない?」
「そんなのでよく覚えてましたね」
「彼は昔から記憶力がいいんですよ。本人は何の得もないと言っていましたがね。ですがそれとは関係なく、誰より頼れる部下でした」
前の席に座っている赤井がそう言った。ナギサが後部座席から身を乗り出す。
「あらーそれって私たちよりー?」
赤井は「ははは、失言でしたね」と言って微笑みながら目を細めた。
「もう昔の話ですよ。今はナギサくんと小津君が頼りです」
赤井が言うには、周防タダユキという刑事はALAとは言われないものの、一度見た大抵のことは覚えていると言った記憶能力の持ち主なのだそうだ。
小津は車窓を流れる景色を眺める。
草木や家、看板の色や標識。
ぼんやりと眺めているこの景色の通り過ぎた花は何輪だったか、看板の色は何色だったかと言った記憶は、次の瞬間には映像化して思い出すことができないほどに薄れている。それらの物体はその瞬間、自らの感情や感覚によって改変され記憶として集積されることはあっても、ありのままの情報とは意味もベクトルも変質してしまっている。
そんな、ぼんやりとした景色がない世界。
ふと、ヒューマノイドはどうなのだろうか、と考える。
「でも、ヒューマノイドが人間を殺めたというのはちょっと…衝撃的でした」
小津は景色を眺めながら呟く。今までの思考とは不連続だしほとんど無意識だったから口に出した後で誰か反応するだろうかと車内に視線を戻した。
「そうですね。今ではロボットが治安を維持し、人間を守っていると言ってもいい時代になりましたからね」
赤井が前を向きながらそう言った。
「警察にもヒューマノイドが導入されているんですよね?」
「えぇ。人口が減ってますから。知っての通りポリスヒューマノイドや介護専門のヘルパーヒューマノイド、いろんな分野で導入されています」
人工知能、AIは三十年ほど前に急激に進化し始めたのだという。そしてボディを手に入れてからというもの超高齢化が進むこの国が経済的価値を落とさず自治を継続するにはヒューマノイド開発が不可欠だったのだろう。政府が積極的に介入、開発支援を始めたのが二十年前。今では警備、介護、医療や農業といったかなり大事な分野を、AIやロボットが担っている。
「しかし子供のヒューマノイドというのは」
「高価ですね」
小津の言葉に赤井が即答する。
「メンテナンスを怠った…とかですかね」
「確かに人型のロボット、ヒューマノイドは、ペットロボと違って月に一回のアップデートと、半年に一回定期検診が義務付けられています。その検診費用は保険がききませんから一般家庭ではやや高価ですが…見た感じお金持ちそうなお家でしたし、その線は薄そうですねぇ」
そうなのだ。
子供のヒューマノイドというのは介護や農業といった国が定めた指定分野ではないため企業へ開発補助が出ない。見た目もオーダメイドのような淡麗な作りだったので、おそらく高級車と同等くらいの金額を出さないと手に入らないだろう。加えて購入者のランニングコストなどを考えると一般家庭には手の出しづらい贅沢品とも言える。
「それに刃物というのがねぇ」と赤井は顎に手を当ててつぶやいた。
「ねぇ、なんで刃物を使うのがそんなに引っかかるの?」
ナギサが不思議そうに質問をしてきたので、目が合った小津が応える。
「突発的な誤作動であれば、素手であるはずなんですよ。人間だと、ついカッとなって近くにあった包丁で人を刺してしまう、なんてことがドラマであるけどあれだって「殺意」という明確な意思です。ロボットの場合はその感情や意思がない…はずなんです」
「なるほどねぇ、やっぱり誰かの命令ってとこじゃない?」
ナギサは何故か嬉しそうだ。
「そうですね。まぁでも、ここからは警察に任せましょう」
確かにそうだ。事件、もしくは事故だったとしても解決するのは警察だ。小津は絡まって解けなくなった紐をそのまま引き出しに仕舞うように、他のことを考えるようにした。
遅めのランチに行きましょうか、と言って赤井が微笑んだ。




