1_不穏なプロローグ
◾️不穏なプロローグ
暦の上で十一月とは、果たして秋なのか、冬なのか。
不意に気になって検索すると、旧暦では十一月七日の立冬を境に冬なのだという。だが現代の気象学的には十一月までは秋なのだそうだ。
一応の回答を得られたものの、西宮カオルは「ふぅん」と呟いてから、タブレット端末の検索を閉じた。
感覚的には十二月は流石に冬だろうと思うのだが、十一月は厚手のコートを着るにはまだ早いし、かと言って立冬はカオルが生まれるずっと前から十一月七日なのだ。だからこの場合気象学的な「十一月は秋である」という方がカオルの感覚と合っているわけだが、それはそれで風情がないな、とも思う。
もっと短くまとめるなら、気持ち的には冬と言いたいところだが、身体は冬じゃないことを知っている。
「なんか心と身体が分離してるみたいね」
呟いてから、口元に手を当てた。
おっといけない。直感的に思ったことをつい口走ってしまった。
(誰も聞いてないよね)
西宮カオルは今、渋谷の駅を降りて友人と待ち合わせをしていた。
ゆっくりと周りを見渡してみるが、カオルが心配する必要もないくらい、人々は思い思いの時間を纏いながら彼女の周りを通り過ぎる。
自分に視線を向けられていないことに安堵していると、柔らかい金木犀の香りがした。
「ごめんねカオル!待った?」
声がしたので後ろを振り返ると、思わずカオルは「うわぁ」と言って口に当てていた手を頬に移動させた。
スラリとしているが出るところは出ているモデルのような体型と整った顔立ち、ダークブラウンのボブヘアでアイボリーのハイネックニットというシンプルなファッションは一言で言うなら「かっこいい」オーラ全開で、なんというか、彼女の周りだけ光り輝いている。
カオルの独り言など誰も気づかないが、彼女は歩いているだけで誰もが視線を奪われる。
「変なキャッチに立て続けに捕まっちゃって」
「それ、スカウトでしょう?ほんと、ナギサちゃんは相変わらず歩くオーラだわ」
「何それ」
涼しげだが屈託ない笑顔を見せる袋小路ナギサは、カオルと中学からの同級生であり、現外務大臣である袋小路リュウゾウの娘である。それだけでなく袋小路家と言えば不動産やゼネコン、病院まで幅広い分野を手掛けている財閥だ。
普通のサラリーマン家庭に生まれたカオルとは住む世界が違いすぎるが、彼女はそれを鼻にかけて話したことは一度もない。
最初は自分なんかが話して良い存在なんだろうかと思っていたが、ある時期からそんなことは気にならなくなり、以来こうして交友関係が続いている。
「仕事は相変わらずなの?」
今の仕事は古い知人のツテで働いているらしいが、グループ会社とはまるで関わりがないと聞く。
ナギサは一言「そうよー」と言った。
「珍しい会社だよねぇ。ロボットの葬儀会社なんて」
確かに現代社会においてロボットは動物タイプはもちろん、人型のヒューマノイドも普及してきたのでそれに愛着を持つ人間が増えているのは事実だ。
それでも「ロボット専門の葬儀会社」というのは、カオルから見ても「目の付け所は良いかもしれない」と思うものの、まだまだ珍しい。
しかしナギサはニヤリっと口角を上げて、
「カオルだって似たようなもんじゃない。保険金の査定人なんてそうそう聞かないわよ」と言った。
「査定じゃなくて特機損害調査だよ。私が出した調査報告書を元に保険金サービス部にいる査定人が保険金を出すか決定する感じ」
そう、カオルは東都機械保険の調査人だ。内容としてはヒューマノイド絡みの事故や故障が起きたときに、現場で原因を特定して、損害の程度を見積もる係。
「タグの照会をして、写真測量して、必要ならメモリーモジュールのハッシュだけ採って——解析は警察やメーカーに回すの。地味に見えるけど、現場はだいたい派手」
「派手?」
「台所で関節が燃えたり、夜中に庭で暴走したり、改造で保証が切れて揉めたり。人が怪我する前に止まれば『事故』、誰かが傷つくと『事件』。その境目を、私は数字に変える役」
「なるほどねー。小津の奴が好きそうだわ」
「オズ…あぁ、小津君ね」
彼のことは覚えている。間を作ったのは考えているフリだ。小津マモルは高校時代の一つ後輩で、就職先もナギサが勤めているR/F社だと聞いた。
カオル自身はほとんど接点はないものの、ロボット関連に詳しいことと、ナギサと仲が良いのは知っていた。ひょっとして彼氏じゃないだろうか、とも思ったがナギサは笑って「そんなんじゃないよ」と言っていた。
話しながらぼんやりとそんなことを考えていたカオルの斜め前を、歩いていたナギサがくるりと身体を回転させる。
思わずカオルは立ち止まった。
「それよりさ、何食べようか?カオルが言ってたパフェのお店行く?」
まったく…話題の転換がアクロバティックなのはいつものことだが、カオルはふっと吹き出してしまう。
「え、いきなり?良いけど先にパスタとかが先じゃない?」
まったくーと笑いながら応答してから。
ふと、視線の先にハチ公が見えた。
それは意識したわけでもなく、ただ視野に入っただけだ。
しかしその視野に入ったハチ公の隣に、少しだけ違和感を感じる。
「あれ…なんだろ」
読んでいただきありがとうございます。
Project Shroudをスタートしてみました。
まだ途中なので、描写や設定は柔らかい部分が多々あります。
書いているうちにかなり改稿あると思いますが、それでも良ければまたお付き合い頂けますと幸いです。




