54_エピローグ
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事件が一応の収束を見せた翌日。
周防からは捜査協力のお礼をさせてくれ、と言われたが
赤井は「たまたま居合わせただけですから」と言い、
ナギサは「メンドくさいから要らない」と一蹴した。
そして小津は
「ユウリをいただけますか」
と要望した。
周防は最初戸惑った表情をしていたが、既に検査は終了している上に、冴木の自供によってユウリは「シロ」であることが確定した。このまま警察が所有していても解体してしまう結果には変わりない事から、特別に譲渡が許されることになった。
君島はというと、周防たちとの約束通り、先陣を切るように今回の事件の詳細をほぼ独占取材のような形で記事にしてネット上で掲載している。
「早速出版社が食いついて本にしないかって言われちゃった。これからきっとウハウハよぉ」と言ってお礼のメールが来ていたが、特に小津が何かをしたわけでもないので「良かったですね」とだけ返信した。
しかし送信した後「あ…」と呟いた。
「結局、君島さんが僕を訪れた理由聞きそびれちゃったな」
まぁしかし、知らない方が良いかもしれない、と思い直す。
ロディも譲り受けることができたのだ。これ以上の詮索はやめようと決めた。
後に周防から、冴木とステルス迷彩の男の自供内容を教えてもらった。それによると、大田黒は当時拠点を移すつもりだったようだ。だから家財がほとんどなかったのだという。龍樹院はそれを察知し、拠点はどこなのか、今後の技術の提供のことなどを話したが、大田黒は十種子から脱退すること以外何も話さず口論になった。結果的にはユウリに憑依した大田黒のコピーが言った通り、口封じのために大田黒の殺害を決めたのだという。
手口としては、まず冴木が遠隔で緊急停止スクリプトをユウリに投げ込む。ユウリの頭脳は大田黒が独自で開発したとはいえ、身体の機構自体は冴木とも共有していたのだそうだ。
そうして頭脳は起きているが身体が停止状態となったユウリに量子ステルスシートを被せる。同じ部屋にいたはずのユウリが一瞬にして消えてしまい動揺した大田黒を、実行犯だったステルス迷彩の男が刺殺した…
大まかにいえば、そんな感じらしい。
その話を聞いたナギサは
「どうして、その時にユウリを運び出さなかったんだろ」と素朴な疑問を口にした。
確かにどうせユウリを攫うなら、大田黒殺害の時が好機にも思える。
しかし小津は、「この辺は想像ですが…」と前置きした上で続けた。
「そうすると、さすがに警察は大掛かりな犯人捜索に踏み切ります。近くにいたナイフを手に持つヒューマノイドがいたからこそ、捜査規模は最小限になったんじゃないかなぁ」
ナギサは「なるほどねぇ」と言って目をくるんと円を描くように回した後、こちらを見た。
「小津ってさ、意外と探偵に向いてるんじゃない?」
──冗談じゃありませんよ、といって小津は盛大にしかめっ面をしてみせた。
***
さらに2日経った午後、小津はアポイントを取って瀬戸山リエの自宅に来ていた。
「あらいらっしゃい」
瀬戸山は玄関を開け、小津をいつものリビングへと通す。
「カンタ君のメモリユニットを届けにあがりました」といってリボンを誂えたクリスタルケースをテーブルに置く。
「まぁ、ありがとう。こんなに可愛く…ユイも喜ぶと思うわ」
上品な笑顔を向けて、瀬戸山リエはお礼を言った。
「いえいえ…それより、ロディの件は申し訳ありませんでした」
と言って小津は頭を下げた。
瀬戸山はロディの引き取りを希望していたのだが、
ロディはとユウリは──、大田黒から小津に託された。だが大田黒の人格が一時的に蘇り直接言われたなどと言えるはずもない。考えた末、ユイの年齢がロディの設定年齢を上回った時、ロディから卒業するようにというメッセージが、たまたまロディに残存していたバックアップから見つかったことにしたのだ。
「良いのよ。彼の遺言だもの。小津さんが謝ることではないわ」
と言って瀬戸山は笑顔で小さく首を振った。
「ありがとうございます…ところで、お引っ越しされるんですか?」
周りを見ると家具がほぼ運び出され、食器や小物が梱包されていた。
「えぇ、そうなんです。大田黒の葬儀も終わりましたし、少し環境を変えようかなって思いまして」
「そうですか。どちらに?」
小津の言葉に、瀬戸山はにっこり微笑む。しかし応えはなかった。
ふと、小津は些細なことからイメージを膨らませる。
それは、瀬戸山が今回の事件について、最初から全容を理解していたのではないか―ということ。
瀬戸山と大田黒は離婚した後、ロディは大田黒と共に生活していたことになる。大田黒がロディを開発したのだからそれは当然という考え方もできるが、一方で娘であるユイがロディに懐いていたのなら、瀬戸山リエとユイ、そしてロディが一緒に生活していたって良かったはずだ。
> ──安全率を高めるために──
> ──目の届く範囲で距離を置く娘を無理やり攫って報復や告発をされるようなことはしないと踏んだ──
大田黒の言葉が頭の中で再生される。彼は娘との関係が切れていないことをアピールするために定期的に会っていたのだろうが、実際に遊んでいたのはロディだった。
逆に言えばロディがリエたちと一緒に生活してしまうと、ユイが大田黒に会いに行く回数が減り、安全率が下がる可能性がある。それをリエはわかっていたのではないか──。
「あら、もしかしてまた妄想してらっしゃるのね?」
悪戯っぽく瀬戸山が小津の顔を覗き込む。小津はほとんど硬直したようにその瞳を見返した。
十種子は、お互いの素性をほとんど知らないと言っていた。
リエは、離婚してから大田黒とは一切会っていないと言った。
しかし大田黒は、愛情を失って別れるのではなく、リエが事情があると察してくれたとも言っていた。
大田黒と龍樹院との関係を目にしたリエは、研究内容や活動内容から二人がフリーシードであり、十種子であることに気づいた。だから大田黒との別れを受け入れたのではないか。
──あなたは…
あなたは、十種子ではないのですか──
言えるはずのない、聞けるはずのない妄想が膨らんでいた。
「い、いえ──。なんでも…」
軽く咳払いをする小津に瀬戸山リエは、ふふっと声を上げた。
「私は──…ただの母親ですよ。だから愛する娘を絶対に守る。そう決めているだけです」
優しく綺麗で、揺るぎない正義を思わせる曇りのない言葉だった。
―White Robot 了




