表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/63

53_十種子のε(イプシロン)

***

病院の一室、特定集中治療室で待機している男は、さまざまな機器に囲まれ、複数の管が取り付けられた冴木を見下ろしていた。

面会時間はとっくに過ぎているが、病院に許可を取り、見張りという名目でここにいることになっている。灯りは点けていないが、モニターに映し出される青白い波形によって薄暗い程度の照度があった。


「うぅ…」


わずかに聞こえるようなか細い声をあげて、冴木が意識を取り戻した。


「ここは…」


まだ朦朧としているであろう冴木は、人工呼吸器を装着したままくぐもった声を出し、ベッドの横に立っている男を見た。


「お前は…」といって冴木は意外そうな顔をする。


「あんたは──、十種子テンシードの一人だな」


その言葉を聞いて冴木は今可能な最大であろうほど目を見開く。目覚めたばかりの朦朧とした意識が一気に覚醒したようにも見えた。無論、それは自分の言葉が遮られたことによる驚きではない。


暫くの沈黙。そして冴木は観念したのか深く息を吸い込み、虚空を見つめた。


「…あぁ、そうだ。私は十種子テンシード…コードネームはε(イプシロン)だ。ノイズ注入による捜査撹乱やステルス技術を研究を…担当していた」


ゆっくりと噛み締めるように言ったのは、事実を男にしっかりと自供するためか。あるいは単に覚醒したばかりで普通に話すことができないためか。


「あの爆発は…あんたがやったものなんだろう?!」


大声ではないものの、柄にもなく感情的になっていることを自覚する。しかし冷静になどなれるものではない。


「あんたは小津君がALAを使いヒューマノイドの深層領域で自分が十種子であることがわかる、もしくは示唆するような記憶を読み取ることを恐れ、焦った。だから部屋を飛び出して万が一の時作動させるように仕掛けておいた小爆弾の事故に巻き込まれて強制的に捜査を中断させた。つまりあの爆破は自作自演だ…!」


「…一応、根拠を聞いても?」


その言葉に男は無言で胸ポケットからタブレットを抜き取り、画面を冴木の枕元へ傾けた。

表示されたのは〈AI 技術管理室〉非常扉のキーログ、そして冴木の個別 ID が刻まれた携帯電磁パルスデトネータの製造番号照合結果。さらに


「悪いがあんたのネットショッピングを漁らせてもらった。現場に残っていた焦げたカーボン片と成分が一致するものを私的に購入していた履歴があった」


冴木はそれを見て小さく頷くと、「いいねぇ」と言った。

「その通りだ…本来であれば俺がユウリの記憶を改竄したり隠蔽するはずだった。だが予想以上に難航してね…結局改竄できたのはΩ(オメガ)を刺す瞬間の記憶だけだった。さらに予想外だったのは小津マモルの存在だ。あれは…控えめに言って出鱈目な能力だ。だから無理やりにでも捜査を中断させユウリを運び出す必要があった。正直後のことは知らんが、γ(ガンマ)…龍樹院が海外へ密輸でもするんだろうと考えていた」


「あんたたちの実験のせいで、何人が犠牲になったと思っている…!」


「青いな。もっと巨視的に見るがいい。すでに人間はAIの奴隷になりつつある。人間がこの世界の支配者であるためには、人間をデジタル転生させる他ない。これは俺の言葉で言えばAIへの侵略であり革命だ。犠牲はつきものだ」


「貴様…!」と男は思わず冴木の病衣を掴む。しかし冴木の身体がベッドから離れると咳き込み、男は手を放した。

そして、タブレットに映っている画像を変えて、冴木に見せた。


「──この夫婦に見覚えはあるか…!」


冴木はその画面をまじまじと見た後、()()()申し訳なさそうに「悪いな」と言った。

「恐らく実験に協力してくれた方だろうが、俺の担当はモナド計画が成就するまで警察当局の捜査を撹乱したり隠蔽することだった。その人たちと面識はない」


「俺の、両親です──」


男の絞り出すような言葉を聞いて、冴木の指先がぴくりと動く。

そして「そうか」と言った。虚空を見つめたまま吸った息を吐き切ると、目を閉じて続けた。


「──殺してくれても良いぞ」



***

男の拳に力が入る。爪が掌にめり込み、血が出そうなほどに。目の前に、親の仇の一人がいる。

全身が震え、感情が爆発しそうになったその瞬間。


「お前の憧れた英雄はそんなことしないよなぁ、藤堂」


声が聞こえてハッとした藤堂が後ろを振り向くと──。

周防と赤井、そして小津がいた。


「周防…さん。お──、俺は…」


こんなに黒い感情を持ってしまった。警察として失格だ、と言おうとした時


「小津君から聞いたよ。知らなかったとはいえ辛い時間にさせて悪かった」

周防は藤堂の体をぐいと引き寄せ呟くような声で「飲み込まれるな」と言った。

藤堂は小さく嗚咽を漏らしながら頷いたが、すぐに上を向いて涙を拭った。


「どうして小津君が──?」


「まぁ、詳しくは後で説明するが小津君と赤井さんのおかげで龍樹院リショウを捕まえることができた。その時、奴の計画の実験体に志願していた名簿データも入手できた…。その中にお前の両親と思われるデータが入っていたんだ」


藤堂はそれを聞いて「そうだったんですね…」と俯きがちに言った。


「俺の両親は…天則の信者でした。俺が中学の頃です。最初に母親が嵌って、次に父も…あんなに朗らかだった両親がみるみる何かに取り憑かれたように龍樹院リショウのことを話すのは子供心に恐ろしかった。決定的だったのは18の時…俺には10離れた妹がいますが、どこも悪くないのに手術しようとか言い始めたんです。最後のチャンスだとか訳のわからないことを言って…。俺は…叔父に助けを求めました。叔父も一緒になって怒ってくれて、俺と妹を両親から引き離してくれたんです」


そしてその後…と言って藤堂は再び拳を握りしめる。

「両親は死にました。二人とも脳梗塞だと…そんな出来すぎた話があるはずない。でも警察は証拠不十分として捜査すらまともにしてくれなかった。俺は恨みました。警察なんか頼りにならない。でもそんな時ネットの記事を見たんです。その警察がテロ組織を解体させたって」


「それって赤井さんがフリーシードを解体したって話──」

小津の言葉に藤堂は頷く。


「そうです。赤井さんの名前を知ったのは警察学校に入ってからですが、人を不幸にする奴を捕まえるのは警察にしかできない。俺は──なるならそんな英雄みたいな警察になりたいって」

言うと恥ずかしいっすね、と言って藤堂は頭を掻いた。


「──だとよ…。聞こえてるか、冴木」


周防が冴木に向かって声をかける。その表情はおよそ重症患者に向けるものではない厳しい表情だったが、冴木は意に介す様子もなく「聞こえてますよ」と言った。


「だが俺の思想は変わらない。正義…と言っても良い。周防さん、あなただって()()()()()()()()()()()一般人であるはずの小津君を巻き込んだでしょう。全ては…幕引きの時にどちらが勝ったかで正義が決まる。今回は私の負けです──」


知っていることは洗いざらい話しますよ、と言って冴木は再び目を閉じた。

ep.53 裏話

「周防さん、あなただって自分の正義を貫くために一般人であるはずの小津君を巻き込んだでしょう」


周防は小津のALAのことを備忘録として書いて、個人のシークレットファイルに保管しました。

それは[ep.9_ソフィアの依頼]で小津やフレイヤも気づいています。

でも…周防は記憶力が良いので、そもそも備忘録なんか必要ないのです。


ではなぜそんな記録を残したかと言うと、アドミン権限のあるソフィアがこのシークレットファイルを見ればなんらかの提言、もしくは対処をするかもしれないと期待したから。

警視庁内部の初動段階としては「個人プロダクトのヒューマノイドの誤作動」で済ませて騒ぎを最小限にしようとしている雰囲気がありました。そんな中周防自身が目立つ行動を起こす(しかもALAという極めて特殊な能力をあてにする)ことは難しい状況でした。

周防自身、結果的にどうなるかまで見通していたわけではありませんが、ソフィアなら上手く引き込めるのではないかという期待と(ある意味でいえば)信頼、そして道具として利用できるものなら利用しよう、という周防らしい思惑もありました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ