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51_命の価値

***

・第六章-5

ユウリの声帯を借りた大田黒はわずかに視線を横にずらし小津を見た。


「すまなかった。できれば君たちを巻き込みたくはなかったのだが…」

「あなたは──、なぜ殺さたんですか?」


小津の問いに大田黒は何の感情反応も示さない。ただ静かに昏倒している龍樹院を見た。


「この男に十種子(テンシード)から抜けると言ったんだよ。簡単に言えば口封じだろう」


そして一度目を閉じ、必要のあるはずない呼吸を整えるような動作をしてさらに続けた。

「6年前──龍樹院は新たなフリーシードを作ろうとしていた。まだ捕まっていなかった十種子を探し、勧誘を行なっていたんだ。一度は協力しようと考えたし、事実関わった。だが奴は()()()()()()をしてきてね」


静かに言った言葉だが、ユウリの内にある大田黒の人格が明らかに怒りを持っていることがわかった。


「許せない…ですか」


「娘にモナド・インプラントをさせよと言ってきたんだよ」


「そんな…ユイちゃんを──」


「人間の幼少期の成長過程をコピーするためさ」


小津は言葉を失う。子供の、なるべく早い段階から思考をアップロードしていけば、それだけ人格のコピーは完璧なものになる…。理屈の上ではそうかも知れないが、、自分の娘をそんな実験に使うなど普通は考えられないだろう。


「だから私は妻──リエと別れることで娘を渡さないことを意思表示したんだ。理解し難いかも知れないが…分散させることで()()()を上げようとした。一家全員が姿を消したら一つの事件だが、違う場所に住んでいる場合、娘が攫われれば私が告発できる。二箇所同時に誘拐事件があれば、足がつく可能性は高くなる」


小津は黙って聞く。大田黒のいう通りおよそ理解できるものではないが、何かを得るために何かを犠牲にしてきた、そんな選択を日常としてきた合理的な判断かもしれない。


「リエはとても明晰だ。私が愛情を失って別れるのではなく、事情があると察してくれた。龍樹院は執念深いし利用できるものは何でも利用する男だが、同時に保身的でもあった。私が企業のCTOだったこともあるだろうが、目の届く範囲で距離を置く娘を無理やり攫って、報復や告発をされるようなことはしないと踏んだ。そしてそれは、私の予想通りだった」


「──確かに天則の教祖である龍樹院は、欲しいものは信者から『提供』されていた…」


そしてそれこそが、龍樹院という男が理想としている形だったに違いない。

しかしそれを聞いたナギサはあからさまに嫌悪の表情を浮かべている。


「でも、いくら信者だからって命の提供はしないでしょ」

「したんだよ。実際に」

と言って大田黒は首を横に振った。


「やがて龍樹院の興味は娘から、私が開発したモナド・インプラントのコピー先であるロディやユウリといったヒューマノイドの開発と、志願する信者の検体に移っていった。私は天則の外側の人間だが研究に関わってはいたからね…命を過大評価する人間は科学者には向かない。だが命を過小評価する人間は科学者である資格がない。そう思っていたが、葛藤の日々だったよ。自分の子供以外の人間は、最善を尽くして失敗したら技術革新のための尊い犠牲だったと自分を納得させていた。私は…自らの探究心を抑えることができなかった。いや、むしろこの研究と技術が完成すれば娘の世代を救えるとさえ思っていた。結局私も龍樹院と変わらない。同じ穴の狢だった」


そこまで言って大田黒は、再度小津へと、タイガーアイのような綺麗な茶色の眼差しを向けた。


「小津君、最後に私からのお願いだ。我儘だとは思うが…ユウリとロディを守ってやって欲しい」


大田黒の言葉に、小津は小さく頷くしかなかった。乗り掛かった、というより完全に乗船してしまった船だ。

さて、そろそろ時間のようだ。と大田黒は言った。


「私の人格は崩壊を始めている…その前に渡すものがある。通信できる端末は持っているかな?」


「…私が持ってるわ」

と言ってナギサが映像表示できるカード型の端末を出した。

大田黒はナギサの端末に手を向けてデータ転送を行なった。


「本来なら、今送ったリストの者たちに殺されるべきだった」


大田黒はそういうと目を閉じ、なるほど、終わるとはこういうことか…と静かに言った後。


立ったまま動かなくなった。


一瞬の静寂、大田黒がユウリからログアウトした証左だろう。


「データ転送は完了してるけど、見る?」

ナギサから言われて小津がその画面を覗き込もうとした時──。


「ぐっ…」


呻き声に近い短い声がした。袈裟の擦れる音。

「龍樹院…あいつまだ往生際の悪い…」小津がゆらりと力なく立ちあがろうとする狂僧を睨む。

「いえ…様子が変です」


赤井がそういうので目を凝らしてみると、確かに変だ、という意味がわかった。

「煙?」

小刻みに震えているのもそうなのだが、龍樹院の袈裟、というか身体から煙が出始めていたのだ。


「がっ…がぁぁぁあぁぁ!!」


尋常ではない雄叫びと共に、みるみる龍樹院の身体が燃え上がった。

「まずい!ユウリが!」

大田黒がログアウトした今のユウリは自律行動がすぐにできない状態だ。舞台のようにせり上がった場所に向かって走り出す小津を、ナギサが追い越す。


「仕方ないわね!」


ALAによるものだろうが、一瞬でユウリのいる場所まで跳躍し、燃え上がる龍樹院から庇うように離した。

龍樹院は辛うじて苦悶の表情はわかるものの炎は既に全身に周り、手遅れであることは明白だ。

足をふらつかせ、両手を何かから振り払うようにばたつかせている。そして文字通り焼ける喉から「おのれ…」というと。


力尽きるように、白砂へと落下した。


高さとしては三メートル無いくらいだが、巨漢の男が頭から落ちれば命を失うのに十分だ。

──ごきり、と聞いたことのない音と共に…、狂乱の僧侶は絶命した。


炎は、まだ上がっていた。

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