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50_予言と復活

***

突然、天井の欄間ステンドグラスが、銃声のような破砕音とともに砕け散った。


そして降る欠片より速く、漆黒の影が一直線に落下してきたと思ったら、両拳を床に突き立て、猫のように着地した。


「遅れてゴメン!」


光を吸い込むマットブラックの生地と薄い装甲、「忍者みたいだな」というのが最初の感想だった。そしてその装甲スーツを着ているのは、まごうことなきナギサである。


「ナギサさん…なんです、その格好。というかガラスの破片が人に当たったらどうするんですか。危ないからやめてください」


呆れながら注意する小津に、ナギサは手をひらひらと振る。

「うっさいわね。だーいじょうぶよ。ちゃんと人がいないところを選んで出てきたんだから」


演出よ演出、と言った後、顔だけあらわになったステルス迷彩を着て倒れている男を見ると、「え、何あれ気持ちわるっ」と言った。


「あぁ、あの人が襲って来たんですが赤井さんが能力を使って倒しました」

「えぅ…な、なるほどぉ。それは気の毒ねぇ」


うわぁ、という感じで憐れむような目を向ける。どうやらナギサは赤井の能力を知っていたらしいが、次の瞬間には「どう?これ」と言ってくるりと回った。もうその話題は終了したらしい。


「超軽量のリープユニット・スーツよ。ユリに作ってもらったの」


小津は目を細めてため息を吐く。

「説明は後で聞きますから…それよりも今は」

「あ、そうそう。もう一人連れてきているの」


ナギサは小津の話を全く聞かない様子で勝手にどんどん進めていく。

信者達はもはや挑んでくる気配もない。かかってきたところで彼らが怪我をするだけだからそれは幸いなことなのだが。

振り回されるのはいつものことなので、とりあえずナギサの指差す方向を見る。

入り口の方、つまり赤井と小津がこのドームに入ってきたトンネルから現れたのは…。


「ロディ!」


小津が思わず声を出し駆け寄る。

「どうして君が…」

「ごめんなさい、フレイヤさんに無理を言って、ナギサさんと連絡をとってもらいました」


小津が言い終わる前にロディはお辞儀をして謝った。

周防に預けたイヤーカフはGPSはもちろんフレイヤとの通信でも使用する。それが他の人間に渡ったことでフレイヤが異変を察知した。


そして同時に、ロディは兄弟であるユウリが攫われたことを察知したらしい。


「ユウリに()()()()来ました」


英国貴族のような品のある顔立ち、そのターコイズブルーの瞳をユウリに向けた。

そして、ゆっくりと歩き始める。


「お前は…プロトタイプではないか!」


龍樹院はそういうと、微かに笑みを浮かべた。

ロディとは対照的なその黒い笑いに染まった偽物の教祖は、すでに正気を保っているとも思えないが、「おぉ、お前は私に従ってくれるか」といいながら手を広げている。


「ロディ、今はそっちにいっちゃダメだ!」


小津がロディの手をとって引き戻そうすると


「貴様らには渡さん!」


執念の怒号がドーム内に響き渡る。

見ると龍樹院は、立ち上がってマシンガンを構えていた。


「そんなものまで…」小津は嫌悪の眼差しで狂乱の教祖を睨め付けた。

「五月蝿い!五月蝿い!どいつもこいつも邪魔ばかりしおって…」


一般信者が再びどよめく。後ずさり逃げようとする信者に向かって、龍樹院は発砲した。

「ぎゃぁ!」

信者の一人に弾があたり、流血し、そして倒れた。

「役立たずめが…」

ぜぇぜぇと肩で息をしている教祖は、次に小津を睨む。


「私が!儂こそが新たな世界の創造主となるのだ!」


「なに寝ぼけたこと言ってんのよ。あんたみたいな小物」とナギサが鼻で笑う。


「やかましい!貴様らは全員皆殺し──」


赤井がALAを使おうと、ナギサが跳躍しようとしたその時。



「が…はっ…」



突然龍樹院が喘ぎ、マシンガンを手放した。


ガシャン、という鈍い金属音が響き渡り、龍樹院が苦悶の表情で膝をつく。

──なんと、先ほどまでスリープモードにさせられていたユウリが、龍樹院の首筋に爪を立てていた。


「これは…麻酔か…」


その爪からは僅かに針がでているらしい。龍樹院が苦しそうに荒い息を吐きながらユウリを睨む。突然の起動と行動に赤井もナギサも見守っているが、次の瞬間、小津は自分の耳を疑った。


「骨格内にある水溶性アミノ酸の派生物を使って即効性の睡眠薬を合成した。今のお前になら動きを止めるのに十分だろう。もう観念するんだ、γ(ガンマ)よ」


その言葉は、確かにユウリの口から発声されている。しかし口調も声も、想像とは全く異なるものだった。


「き、貴様は―」


滝のように汗を流しながら、龍樹院が目を見開く。


「まさか、その声、そんな馬鹿な…!貴様…お、Ωなのか…?」


──Ω(オメガ)

その二つ名を聞いて小津にも戦慄が走る。

(オメガ…ってことは大田黒レオか!)


そして、ユウリと呼ばれていたオメガは、小津の方を見た。


「この世界では初めましてか──。ロディの(コア)の入り口で話した時以来だね。素晴らしい能力だ。私が生きていたなら、ぜひ研究したかった」


顔立ちはロディと同様幼いのに、その表情には何かを達観したような儚さがあった。

「あ、あなたは──、本当に大田黒さんなのですか?」

小津の質問に、大田黒は少しだけ困ったような顔をした。


「どうだろうな。私のオリジナルは既に死んでいる。だからこそ私がここにいる──。γ(ガンマ)、龍樹院から聞いていると思うが私たちは、モナド・インプラントを研究していた。そして私は、自分自身の脳にチップを埋め込み、思考を絶えずアップロードし私という人格をコピーしていた…。今は一時的にユウリに憑依している状態、といえばわかりやすいかな」


「そんな…既に完成していたなんて…」


「いや、結局私は完成させることができなかった」と言って大田黒は首を振る。

「今の私では大田黒の一部、切れ端にすぎない。なにより不安定であり、この人格が維持できるのは長くて五分程度だろう…だから私は、ユウリかロディ、どちらかに有事が起きた時、助けようと決めていたんだ」


そう言うことか、と小津は驚きながらも納得する。


しかし、なんという仕掛けか…言葉が見つからなかった。

ロディは、ユウリに()()()()と言っていた。多分ユウリが攫われた際に信号を送り、ここに導かれたのだろう。

そしてモナド・インプラントによって大田黒の精神が一時的に生き返るのは、ロディとユウリが近くに接近した時。つまりロディはユウリの中で高度に暗号化された大田黒人格を解放するための“秘密鍵”であり、だからこそ平時はこの二人が同じ空間にいないように距離を置いたのだ。


「なぜ──、なぜ黙っていた、Ω(オメガ)…」


遠のく意識に必死で抗いながらそう問いただす龍樹院の姿は、執念と言う他ない。


γ(ガンマ)よ、私もお前も、世界を救うには汚れすぎたのだよ」

「何を馬鹿な…救うために汚れることの覚悟を持っていたのではないか」


「持っていたさ、お前以外はな。お前は仲間すら売って自分だけが称賛を浴びるためのプランを立てたのだろう?」


「ゆ、許せ、あれは──仕方なかったのだ…!」


そして意識が混濁している龍樹院は、最後に振り絞るように赤井達を睨みつける。


「愚か者どもよ…よく聞くがいい…十年、いや五年だ…。あと五年で私の掲げた計画は、皆が望むものになるだろう…。貴様達の正義など、老兵(ロートル)の戯言として扱われる。その時にせいぜい後悔…するがいい…」

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