5_小津の違和感
「なるほど…でもCTOという割にはロボットはあの子どものヒューマノイドだけでしたねぇ」
そうなのだ。赤井の言うとおり、大田黒という人物は知らないがH.ニューロン社といえばヒューマノイドのコア回路を製造している大手メーカーだ。その企業のCTOの家にロボットらしきものが見当たらないというのは不自然ではないか、とも思える。
「さぁ、これから調べないと何ともいえませんがね。でも俺もロボットはどうも苦手でね。なくったって困るこたないでしょう。そんなに不自然ですかね」
「まぁ最先端のプロダクトを作っている会社のトップが家では自社製品はおろか電子機器をあまり置かない、というのは意外とありますからねぇ」
「あの、さっきから気になってたんですが」
赤井さん、その喋り方なんとかなりませんかね、あんたからそんな敬語使われるとこっちがこそばゆくて仕方がない。と言って周防は両手を交差させて自分の肩をさすった。
どちらかと言うと悪寒のジェスチャのようにも見えるけれど。
「だって、周防警部はもう私の部下じゃないでしょう」
「その割には俺に直接連絡しましたよね」
ははは、まぁ良いじゃありませんか、とまるで世間話をするような暢気さで赤井が言った。だが「しかし」と言って次の瞬間真顔になる。
「あなたが適任だと思ったのですよ。ヒューマノイドが刃物で人を殺め、しかも現場に留まっていた。極めて特殊なことです」
「適任かどうかはわかりませんがね。えぇ、物騒な事件には違いない」
そう言って、周防はため息を吐きながら頭を掻いた。
確かに誤作動を起こしてロボットが人を殺めてしまった、ということは小津も聞いたことがある。しかし最後に聞いたのは十年以上も昔のことだし、三原則がインストールされていない海賊版のロボットだったはずだ。
つまりは事故、稀有な一例として扱われたのではなかったか。
「とにかくただの事故なら刃物を使うという選択肢自体ないでしょうね。凶器を使ったとなればそれは明確な意思の表れ。結構なオオゴトですよ」
参りましたね、と言って周防は天を仰いだ。
「本当にその子が殺したんでしょうか」
言った後、小津はしまった、と思い口に手を当てたが後の祭りで、案の定周防がこちらを見ている。
「小津君と言ったね、君は…何かを見たのか?」
いやぁ…と誤魔化すように頭をかいた。
「僕の能力はロボットのコアが近くにあることと、電源が入っていることが発動条件です。スリープモードが理想で、シャットダウンの状態だと発動できません」
実際は電源が入っていなくてもカンタくん程度の単純な構造なら不鮮明なくらい映像は視えることもあるのだが、この辺りは境界線が曖昧だ。だが小津の言葉も嘘ではない。ヒューマノイドのような高度な人工知能の思考や記憶領域を覗こうとするなら、相手にもそれなりのパワーが残っていないとできないのだ。
しかし、尚も周防は小津の顔をじっと見ている。なかなか気の長い刑事でもあるらしい。
「刺されていた場所が高いなぁ…と思って」
観念して小津は思ったことを口にした。
それを聞いて赤井も「確かに刺されていたのは心臓のあたりでしたね」と納得するようにそう言った。
「えぇ、あの子どものヒューマノイドの身長からすると、こう、刃物を自分の頭くらいの位置にして刺さないといけないわけですが、普通ならそんな刺し方はしません」
あのヒューマノイドの身長は百四十センチほどだろうか。と思い出しながら小津は話す。人間で言えば十歳前後のモデルだろう。
しかし、周防は小津の言ったことには少々不服そうな表情だった。
「しかし相手はヒューマノイドだ。人間の子ども、いや、人間とは構造が違う。その刺し方でも人間を殺すための力は出せるんじゃないかな」
その反論はもっともだ。ヒューマノイドは人間と違って身体の大部分は機械仕掛けだ。コアAIによって力の出力の指令が出され、カーボン・グラフェン素材の人工筋束網を伝って制御される。一連のニューラルネットワークシステムは1kHzでトルクの誤差修正を行うことが可能で、つまりカメラの超望遠レンズでも三脚級の静止画を撮ることができるのだ。
子どもの身体だから通常は力も平均的な子どものそれになるように制御されているはずだが、非常事態でそのリミッターが外れたり暴走した場合、瞬間的に大人の人間を捩じ伏せるほどの力は出せるだろう。
「ですが、殺すことが目的なら心臓以外でも良かったわけですよね、もう少し低い腹でも」
「心臓を狙う方がより確実に死に至らしめるからじゃないですか?実際に腹だとしたら、大田黒が死ぬ前に君らが間に合っていたかもしれない」
残酷だがそれもその通りである。
しかし何かが引っかかる。
入り口が施錠された家。
その家には被害者である大田黒と一体のヒューマノイドだけ。
窓はあるがやはりロックされていて、ブラインドは下ろされている。
死体、そして凶器を持つヒューマノイド。
状況的にはあのヒューマノイドが殺したとしても何ら違和感がない。
否、違和感がないように『作られている』。
出来すぎていることに引っかかっているのだ。
「だがまぁ」と言って周防はため息混じりに髪をかき上げた。やはり気だるげだがその目の奥に僅かな怒気が宿っているようにも見えた。
「何かの意思が感じられることは確かですね。それが何なのか調べる必要はありそうだ」