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46_拡散のγ(ガンマ)

(──なんだ?これは…)


背筋が冷えるような感覚になる小津は警戒心のレベルを既にマックスまで上げている。

赤井は涼しげな表情だが少しだけ目を細めて


「ご存知でしたか」と言った。


「あぁ、識っているとも。そして、識っているのだろう?私が十種子(テンシード)の拡散のγ(ガンマ)だということも──」


すると、玉座に座っている龍樹院の隣の空間が、わずかに揺らいだ。


「まさか!」と小津が叫ぶ。


「ほぅ…気づいたか」と言って、龍樹院は何かを引っ張ると…


何もなかった空間から、突如ユウリが現れた。否──、恐らく()()()()()()のだ。


「──量子干渉フィルムのステルス迷彩…!」


そう言って小津が唇を噛む。ユウリは首の付け根にケーブルが取り付けられていた。強制的にスリープモードにする麻酔のようなものをかけられている状態のようだ。目はかろうじて開いているものの虚であり、小津達のことも認識はしていないだろう。


「その通りだ──。軍事利用でしか認められないものだ。入手するのには苦労したがな。世間的にみれば攫ったと言われても仕方あるまい。だが君たちには()()()()と思ってもらいたい」


「保護?」赤井の声が低く響く。


「赤井殿は先ほど観測者から見れば、情報の履歴に魂が宿ると言った。その通り。シナプスで組んだ脳も、トランジスタで編んだコアも、所詮は()()の束──。単独では存在せず、無数の()が絡み合って一時的に()こっているに過ぎないものだ」


龍樹院は、その言葉を放った時、何故か悔しそうな表情をした。


「かつて十種子(われら)を率いていたα(アルファ)は、すべての意識をネットワーク上に起き、統合させることで究極の真我、即ち阿頼耶識(あらやしき)を顕現させることが、人間を導くための進化だと提言した。当時、私もそれこそが目指すべきものと信じていた。しかし──。私は気づいたのだ。()()()()()()が必要だと。お主もユウリの記憶で見たのであろう?小津マモルよ」


やはり龍樹院は小津がALAを使い、ユウリの深層領域で記憶を視たことを知っている。


「モナド・インプラントか──」


小津がそういうと、龍樹院は膝を叩いて「その通り!」と笑った。


「人間が自らの意思でアウトプットした言葉など、着飾った他所行きの情報でしかない。そんなものをいくら寄せ集めたところで自我を持つ人格は形成されなかったのだよ。だから視点を変えたのだ。脳の電気信号、思考を絶えずアップロードして転写すれば良いではないか、とな」


「それをヒューマノイドにインストールし、本人に成り代わると」


「その通り」


「そんなもので、命をコピーすることなんかできないじゃないか!」


小津の叫びに、龍樹院は「いや、できる」と断言した。


「──考えてもみるが良い。そもそも儂も、お主も、祖先の遺伝子を引き継いだコピーなのだよ。だが古いやり方では限界が来ている。最も効率的で誰もが幸福になれるのは、自らの精神を肉体から開放することだ」


「そんな方法で命を無理やり延長し、ダブらせることは真理に反するのでは?」と赤井が角の取れた声で言う。

しかし龍樹院は、「真理か」と言って一笑した。


「──命の線引きなど最初から存在しない。あるとすれば、観測者の恐怖から引いたチョークの痕だ。水で濡らせば消え失せる。そして、そんなものは真理ではない…鬼人オリザ、小津マモルよ、儂が率いる新たなフリーシードの仲間になれ」


龍樹院が玉座からゆっくりと身を起こすと、床面の白砂に朱の影が伸びた。


「旧きフリーシードを潰したのがお主──鬼人オリザ。だが、私は恨み言を言いに呼んだのではない──…私はγ(ガンマ)として拡散を担う。だが種を蒔くだけでなく、畑も耕さねばならん。その畑こそ、君のR/F社だ。モナド・インプラントを完成させるためには数千単位の依代となるヒューマノイドが必要だ…。実験も含めてな。葬儀の名目で廃棄予定のヒューマノイドを収集できる君のインフラは実に魅力的だ。そして、小津──」


と言って、その大きな目を小津に向ける。


「依代となるヒューマノイドに人間の意識を注入する際、その過程で生じる人格の歪みや拒絶反応をリアルタイム修正し、その種子データを安定させるにはお主の能力《ALA》は役に立つと儂は見ている」


ケーブルを解かれたユウリが、静かに小津を見る。瞳はまだ焦点が合わず、昏い霧がかかっていた。

「仲間になればユウリは解放しよう。いや、解放するだけではない。彼を“最初の輪廻適合体”として君たちに委ねる。魂の履歴の継承実験を共にに完成させようではないか」


重々しい話し方。この男は教祖と呼ばれるだけあって言葉や振る舞いに不思議な重力があるのは確かだ。しかし赤井はその重力を微塵も感じていないどころか全く別の世界にいるように、意に介していない。


「私はこの葬儀会社をビジネスとしてやっていましてね」と赤井が一歩前に出る。

「──ですから利益を出すために行なっているのは間違いないのですが、だからこそせめて顧客との信頼関係は大切にしているのですよ」


そう言った観点でいうと、あなたの提案は私の顧客を騙すことになるので、受け入れられませんねぇ、と。


非常にのんびりした声で言った。


「交渉決裂、ということか」

「はい、そのようです。そしてついでに、今のことは全て警察にもお話しします」

「すまぬが、それはできん」


残念そうな顔で頬杖をついた龍樹院がそういうと、八方の扉が同時に開き、灰衣の信者たちが無言で流れ込んだ。そしてあっという間に小津達を囲む。


(五十人はいるぞ…!)


信者達の中には、棒を持っている者もいる。あんなものを振り回されてまともに食らったら簡単に骨が砕けるだろう。


「小津君、私から離れないようにしてくださいね」と赤井が言った。


「選択肢をもう一度与えよう」

導師の声がドーム内に響き渡る。

「輪に入るか、ここで“(くう)”へと散るか。」


赤井は教祖の言葉には応えず、代わりにスーツ袖をまくって首を鳴らした。


「残念だ。私は本気だったのだがな」


龍樹院が腕を振り下ろすと、信者の列が一斉に前進を開始した。白砂が鉄杭のような足音で割れ、無数の影が二人をのみこもうと迫る。

「あぁ、知っているとも。そして、知っているのだろう?私が十種子テンシードの拡散のγガンマだということも──」

▶︎39_十種子の後書き、ざっくり設定を参照

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