44_ユウリを取り戻せ
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・第六章-2
知らせを受けた瞬間、周防は火傷しそうな罵声をかみ殺した。
誰もいなければ怒声を発していただろう。
壁があったら殴っていただろう。
それをしなかったのは赤井や小津のいる手前か、それとも彼自身の矜持によるものなのかはわからない。
しかしすぐさま走りだす。とにかく怒りのエネルギーを何らかの形で出力して均衡を保とうとしているかのように。
現場保存を指揮していた鑑識班を抜け、赤い非常灯で染め上げられた廊下を駆け戻る。靴底が濡れた床を切り裂き、点在するガラスの破片が硬質な音を上げるたび小津の胸も締め付けられた。
先ほど小津がいた〈隔離室B-3〉、その鋼鉄扉が半開きになっている。破壊痕はない。隔離室には入るまでもなく見えているが、それでも入らずにはいられない。部屋の中央奥、つい三十分前までいたはずのヒューマノイドが、今は格納されていたシェルだけ。しかもそのシェルは破壊されていた。
「攫われたってこと?」と目を丸くした君島が誰に言うわけでもなく聞いた。
「そんなことが…どうして…」困惑する藤堂に対して周防は静かな声で一喝する。
「理由は後だ!監視カメラ!」
周防が叫ぶと声紋認証によって隔離室と制御室を仕切っているマジックミラーがモニターとなり映像を映し出した。簡易的であるため解像度は高くないが、大まかな様子は十分にわかる。
そこに映し出されたのは、カーボンシェルに包まれたユウリ。しかしその直後、シェルが火花を飛ばす。映像のみのため音声はないが、小規模の爆破のようだった。
「ユウリがやったの?!」と君島が食い入るように見る。
「いえ…周防君すみません、五秒巻き戻してください」と赤井が静かに言った。
周防が五秒巻き戻す。
──カーボンシェルが爆破する。
巻き戻し、もう一度。
──爆破
「なんだ?これは…」と言って周防が映像を止め、静止画を見ながら首を捻る。
「え?なに?どうしたの?」と言って君島がメガネのレンズをつまんで食い入るように見る。
「多分、爆破が起こった方向です」と小津が耳打ちすると、「何、小津君までわかってんのぉ?」と言って驚かれた。
「ほら、この辺り…」と言って、赤井が画像を指差す。
「火花が出た方向と、その直後微かに出る煙…カーボンシェルの手前から出ています。もしユウリ君が何らかの力を使って爆破させたなら、カーボンシェル側から出るはずです」
「確かに…そう言われればそうですけどぉ」と君島は少し不服そうだ。
「まさか…監視カメラの映像が加工されているんでしょうか?」と藤堂が不安気な声を上げる。
周防は目を細めながら「いや、違うねぇ」と言って髪をかき上げた。
「おいおいマジかよ…こりゃぁもしかして…──ステルス迷彩じゃねぇか!」
周防言葉に君島と藤堂は同時に「えぇ?!」と悲鳴のような声を上げる。
表示されている静止画を見ていると、「言われてみれば」のレベルだがカーボンシェルの手前に人型の薄い輪郭線とわずかな歪みが見えた。
光学式のステルス迷彩は少なくとも三十年以上前には軍事用で開発されていた、物体を透明に見せる技術だ。メディアでは言われないものの、既にシート型のものが実戦でも使われている。
とはいえ、もちろん日常的ではない。静止画に浮かぶ微かなゆらぎを前に、小津は短い息を呑んだ。
「量子干渉フィルムだろうな。可視光も赤外も曲げるってやつだ」周防は唇を噛む。
「何者かが侵入し、ユウリを攫った…爆破の犯人と同一人物と考えて良さそうですね」
赤井はそういうと、スッと回れ右をして扉に向かって歩き出した。
「あ、ちょ、赤井さん!」いつものことながらだが唐突な行動に小津は慌てて後を追う。
「映像の解析や侵入者が何者であるかは警察にお任せしましょう。正規の手続きには少しばかり時間がかかります。我々は龍樹院さんとのビジネスのお約束がありますから、天則へと向かいましょう。良いですよね、周防警部」
周防は、口をへの字に曲げていた。
「えぇ、お願いします」という言葉が終わらないうちに赤井は姿勢良く歩き出した。




