43_そして、ヒューマノイドは攫われる
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・第六章-1
赤井の背中を追いながら非常階段を登り外に出ると、すでに消防車がきて消化活動を行なっていた。
「ほんと、あんたとは立ち話しかできなんですかね」
赤井に対しての憎まれ口はもはや通常運転であるらしい周防だが、いつもの脱力した雰囲気とは違い、やはり相当な怒りを滲ませていた。もちろん怒りの相手は爆破の犯人に対してだろう。
「まったくですね」という赤井からは怒りの様子は感じられない。いつも通りのようにも見えるが、おそらくコントロールをしているだけで、腹の中では周防と同様の気持ちを抱いているのでは、と想像する。
「冴木さんは大丈夫なんですか?」と小津が尋ねる。それに答えたのは藤堂だった。
「幸い一命は取り留めました。ただ、今は意識を失っています。爆破の犯人を見たのかはまだ確認ができていない状態です」
「どうなってやがる。誰がこんな…」
周防は絞り出すようにそう言った後、深呼吸して「すまない」と小津に謝った。
「こんなことに巻き込んでしまって…本当に申し訳ないと思っています」
と言って改めて頭を下げた。
「そんな…頭を上げてください」
「いや、本来なら協力してもらっている君の命を最優先するのが俺の役目だったはずだ。それを…」
「私が任せてくださいと言ったんですよ」
赤井が周防の言葉を引き継いだ。
「実際、爆破があった時周防君はすぐに小津君のいた部屋に駆けつけました。ですがあの時、多くの所員が混乱した状況を適切に指揮できるのは周防君だけだと思ったので、そちらを優先せよと言ったのですよ」
赤井さんもありがとうございます、と言うと再び頭を下げた。そして顔を上げた周防は髪をかきあげ、ようやくいつもの気だるげな雰囲気を取り戻したように、
「どちらにせよ、怪我がなくてよかった」と言った。
その後、簡単な経緯を状況を周防が説明した。
「どうして冴木さんが爆発に巻き込まれたんです?爆発は皆さんがいた部屋の外だったように見えましたが…」
彼がいたのはむしろ端末機材が集中している部屋の奥、つまり爆心地からは遠かったはずだ。
周防は渋い顔をしながら顎に手をあてる。
「冴木は…あいつは作業に集中したいとか言ってキーボードを持って走って部屋を出て行った。多分別室で一人になった方が集中できると考えたんだろう…爆発があったのはその直後です」
爆発があったのはAI技術管理特別室を出てすぐ傍にある補佐室のようなところだったらしい。突然轟音がして、藤堂がすぐさま様子を見に行くと冴木が倒れていたという。
小津は、ユウリの記憶領域で視たものを周防と藤堂、そして赤井と君島アンナに説明した。冴木の意識がない今、どこまでデータとして残っているかわからない。なるべく詳細に伝えた方が良いだろう、と考えた。
「多分ですが…ユウリは大田黒を刺していません」
「どういうことです?」と赤井が質問した。
「映像の視点です。つまり…大田黒を刺した後、彼を見下ろしました。もしユウリだとしたら、視点と大田黒までの距離がもっと近くなるはずです」
小津は昨夜のロディの視点を思い出しながら話す。あの時、自分が見た世界は今よりも地面が近く空が遠かった。
「それともう一つ…大田黒が倒れた時、その向こうには壁が見えました」
「壁?」
「えぇ。でもそんなはずはないんですよ。何故ならユウリは部屋の入り口を向いていたんですから」
「なるほど…」と言って赤井が顎に手を当てる。
「ユウリが刺したのなら、大田黒が倒れた時壁ではなくて入り口の扉が見えてないとおかしいし、そもそも大田黒も扉の方向に頭を向けて倒れている状態にならないと辻褄が合いません」
「刺した後移動した、というのは?」
「ユウリは大田黒が刺された後すぐに停止しているはずです。移動はできません」
「でも…」といって君島が人差し指を立てる。
「大田黒は、扉と反対方向に頭を向けて倒れてたのよね?そして彼の倒れている方向にはユウリがいた。それなら、犯人が刺してから大田黒を見下ろすまでの間でユウリが視界に入るはずじゃない?」
「そう、そこなんですよね…」といって小津は首を捻る。
「大田黒が殺されたのは午前中、にも関わらず部屋の明かりは仄暗かった。いえ、あえて映像処理で明度を落としてると思われます。」
「え、それってまさか」
「多分犯人はユウリと目があったけど、映像処理でそれは消した。でもその時間も技術もなくて突貫工事的なものに近かったはず。結果的に明度を落とし、壁の細かい特徴を追求できないようにして、ユウリの記憶を差し替えた。としか考えられないけど…」
「なによ?」
「明度は落とされているけど、それ以上の加工はされてないような気がするんだよなぁ…いや、何となくなんですが…」
やはりユリに協力してもらうように交渉した方がよかっただろうか。しかしそれは結果論であって実際にあの時、そんな交渉をしたら冴木の顔に泥を塗ることにもなっただろう。
「ふぅん…よくわからないけどユウリのオリジナルの記憶がどこかにあるってこと?」と君島が不思議そうに質問する。
「いえ、それはどうかな…同じタイムライン上に、同時刻のタイムスタンプの記憶を置いたら、どうなると思います?」
「古いものが更新される…」
「そう、──つまり上書きされたら古いものは消えてしまう。データ的にはそれが常識で、自然な流れです。…この世から完全に消えてえしまった記憶なんていくらでもあります」
でも、と小津は心の中で呟く。
(まだ何かが引っかかる…それだけじゃない何かが…)
「小津君が視た深層領域の記憶、冴木君も視たのなら管理者権限で抽出することはできないのですか?」と赤井が周防に聞く。
「AI技術管理特別室で一番権限を持ってるのが冴木なんですよ。あそこはデータの保管がネットワークドライブから切り離されているローカルな状態です。もちろん捜査報告や研究結果は共有されますが、今は冴木の端末に一時保存している状態です。目を覚さないことには…」
周防はそう言って困った顔を作ってから、上を見上げた。
「しかしなんてことだ…。龍樹院のやつが十種子だって?!」と絞り出すように呟く。
──いや、ですが…確かに辻褄は合いますよ、と藤堂が続ける。
「確かに表向きは反テクノロジーの立場をとっていましたが、新規の信者からヒューマノイドをはじめとしたロボットやAI搭載の機器をほぼ全てご供養という形で譲り受けています。それだけじゃない。我々があの集団を警戒していたもう一つの理由…、信者の複数名が脳梗塞で亡くなっています」
(そうか、それもあって周防さんや藤堂さんが天則の動きを注視していたのか)
ふぅん、でも…と言ったのは君島アンナだった。
「脳梗塞って脳内の血管が詰まっちゃう病気よね。怖いけど結構有名な病気じゃない?」
確かにその通りだ。脳梗塞は、脳内の血管が閉塞して血液が巡らずに脳が壊死してしまう病気。血管が詰まる理由は様々だが、この疾患で亡くなる人は多い。
それは藤堂もわかっているだろう。君島の言葉にもしっかり頷いて見せた。
「脳梗塞自体は珍しい病気じゃありません。信者の中に数人いたって不思議じゃない。だけど家族が不審に思って警察に相談が来ているんです。共通しているのは、頭部に手術痕があったこと」
「え、それってまさか、小津君が言ったモナド・インプラントってやつ!?」
君島が興奮気味に聞いてくる。反応は不謹慎だが同じことは小津も思ったことだ。
「判りませんが、龍樹院リショウが十種子の一人であるなら可能性としては十分考えられます」
藤堂は言葉を慎重に選んでいるようだが、確信に近いものを感じているのも事実だろう。そして
「くそっ、やっぱり司法解剖をすべきでした…」と下唇を噛んで少し悔しそうにした。
過ぎたことは仕方ない、と周防がその後輩の肩を叩く。
「司法解剖は家族の同意も必要だ。病死だと医者から言われりゃ家族としては「そうですか」となっちまうのも仕方ない。お前が悔やむことじゃないよ」
「でも、親族から相談があったんですよね?」
今度は君島が食い下がる。批判したいわけではなく、純粋な興味なのだろう。
「あぁ、引っかかるもんはあったんだろうな。だがそれは葬儀も火葬もすっかり終わっちまった後だ。頭の中に何かが埋め込まれているなんて考えもしない状態なら、見つけるのはほぼ不可能だな」
なるほど、と小津は納得する。不審に思えることがあったとしても、病死と診断されて亡くなった家族を真っ先に司法解剖してほしいといった考えになど至らないだろう。まずは故人を弔ってから相談してみるという順番は、遺族にとって特別な矛盾はないように見える。しかし「だからこそ」龍樹院が行っているであろう実験は今まで発覚していなかったのだ。
「すぐにでも奴のところへ行きたいが…」と言って周防は頭を抱える。
「さっきも言ったが冴木が目を覚さないことには難しいな。小津君の言った内容をデータとして押さえておく必要がある」
「なるほど…」と言って赤井は顎に手を当てて少しの間思案した後、
「では、我々が先に天則へ向かいましょう」と言った。
「へっ?」
小津が思わず声を上げる。何を言っているのだ、この社長は。しかも私がではなくて我々だと…。
「ちょうど、あそこの教祖と知り合いになったもので。仕事の話でもしようと決まったところなんですよ」と言って小津に携帯の画面を見せてきた。
「あぁ、AI同士でやり取りしてますねこれ…って今日の予定になってるじゃないですか」
赤井か龍樹院、どちらかからコンタクトを取ったのだろう。要件さえわかっていればスケジュール管理や交渉は全てAIがやってくれる。だから割り当てられた時間にリアル、もしくは仮想空間で会えば良いだけだ。
すると、刑事の一人であろう小太りな男が一人、慌てた様子で走ってきた。
「た、大変です…」
息を切らしながら口をぱくぱくさせている顔は蒼白で、尋常ではないことが起こったことが容易にわかる。
「どうした!何があった!」と周防がすぐさま駆け寄る。
「──重要参考として指定されていたヒューマノイドが…──個体名ユウリがいなくなっています!」




