41_小津の魔法使い
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「くそ!なんて速さだ!」
冴木は叫ぶようにそう言うと、一瞬だけモニターから顔を上げた。
他の連中は抜け殻の小津を間抜け面で木偶の坊のように眺めている。
あいつらの中に、あの能力の本当の価値をわかってる奴は一人もいない。
冴木はそれに怒りすら覚えながらも再び画面に目を戻す。
小津という青年がどのようにしてヒューマノイドの意識領域に接続しているのかは検討もつかない。
しかし確かなことは、あの青年が目を閉じたと思ったら、それまで冴木がいくら突いてもうんともすんとも言わず抑制されていたユウリの内部演算が活発に動き出し、データ開示が始まったのだ。
しかしそれが自発的ではなく、強制的であることは冴木の目からみても明らかだ。
「ファイアウォール3層のシナプス署名がまとめてバイパスされ、その直後に緊急ブレーカー・スクリプトさえroot権限の書き換えで無効化。通常ならクラッシュするはずのOSが、“正規ハンドシェイク”と誤認して通行証を発行している…?」
何かの冗談か?
あり得ない。
信じられない。
だが今は否定している場合ではない。
目の前で起こっている現実から目を背けたら、今度は本当に小津の位置を見失うことになるだろう。
だめだ!このモニターでは小さすぎる。
冴木が自分のARグラスのテンプル部分を撫でると、即座に空間コンピューティングモードに切り替わり、壁一面に仮想のホログラムモニターを展開させた。
滝の水が逆流するかの如く凄まじい勢いで夥しいコードが流れては消えていく。
これらは今、小津がALAという現代の科学では解明できていない特殊能力を使い、ヒューマノイドの深層意識に向かっている途中の経路を追っているところだ。
驚異的、そんな言葉が軽く思えるほど冴木は畏怖していた。
額に脂汗が滲むのを感じる。
小津のALAはユウリの強固なセキュリティシールドやファイアウォールを全て無効化し、確実に深層領域に近づいている。言葉で言うのは簡単だが、メーカーの量産型ではないユウリにはマスターキーが存在しない。いや、正確には生みの親である大田黒レオならそのマスターキーの在処を知っているのだろうが見つかっていない。大田黒の生体認証にのみ反応する類のものだった可能性もある。とにかくユウリのセキュリティプログラムは侵入者を黙って通すことはしない。その証拠にあらゆる手段を持って迎撃している。しかし小津の侵入を止めることはできず、それどころか緊急自己破壊プログラムを作動しようとしていた形跡があるが、あっさりキャンセルされている。
つまり、ユウリの意識領域は、今やユウリの思い通りになる状態ではない。言うなれば小津の意識がユウリの中に侵入、侵食し意思決定を行う管理権限すらユウリから剥奪しているということだ。
冴木は解除された形跡のあるディレクトリを片っ端から処理して、小津についていこうとしている。そうしなければユウリ内部の自己防衛システムから新たなシールドが自動生成され、その解除を冴木が行わなくてはならなくなるからだ。
そうすれば冴木は小津を見失ってしまう。それは避けなければならない。
「なんてことだ…奴は…魔法使いか」




