警部・周防タダユキ
◾️第一章-2
「で、何だってあんたがこんなところにいるの」
無地の紺のスーツに白いワイシャツ、茶色いネクタイ。
服装はどこにでもいそうなビジネスマン風の男が、昼寝をした後のような気だるさで無精髭をさすりながら赤井に向かって話している。
「いや、ですからたまたま通りかかったものですから」
「ほぉ、たまたま通りかかった家の門を勝手に開けて、玄関扉を開けて土足で入るのがあんたの仕事なのかい。オリザさん」
「嫌な予感がしたんですよ」
「真面目に答える気がないんなら罪状つけて連行するよ」
「いやいや、いたって真面目ですよ。私の勘が当たるのは知ってるでしょう?周防警部」
周防と呼ばれた男は、気だるそうにため息を吐いた後、目にかかってもいない前髪を掻き上げた。
「そりゃぁ知ってますよ。嫌っていうほどね。だが報告書には書けない」
そう言うと周防は、その気だるそうな表情のまま視線を小津達に向けた。
それに気づいた赤井は、小津たちを紹介する。
「あぁ、彼らは従業員です。私たちはロボット専門の葬儀会社をしてるんですよ」
「あんた、そんな仕事しているのかい」
「えぇ」
「で」
「で、って言われましても。我々がたまたまこの通りを車で走っていたところ、救難信号と思しきものを小津君が受信したので。事件か事故かまで判別ができなかったのですが、いずれにしても手遅れになってはいけないと思いこのお屋敷に入りました」
まぁ結果的には手遅れでしたが、と赤井はいたっていつも通り、飄々として答えたのだが。
いや待てよ。
小津が自分の名前を呼ばれたことに気づいた頃には、既に周防はこちらを見ていた。
「救難信号?君は…いや、ヒューマノイドじゃないな」
「えぇ、彼は人間ですよ」
赤井は当たり前のことを極めて自然な口調で言う。
「何かの装置を使って?」
「いいえ、彼自身が受信したんです。ALAですよ」
赤井がそう言うと、周防は「あぁ」と言って額に手を当てた。
「この子達も、あんたと同じ能力持ちってことですか」
「あら、周防さんはALAのこと知ってたんだ?」
ナギサが少し前のめりになって聞いたので、小津は慌てて声が大きいですよ、と言って制した。
言われた周防はナギサの顔を初めて認識したように繁々と見て、そして
「もしかして、ナギサお嬢さん」と言って目を丸くした。
「えぇ。その節は大変お世話になりました」
エア・スカートをつまみお姫様が舞踏会で挨拶をするようなエレガントなお辞儀。
似つかわしくない服装でそれをやっても普通は滑稽に見えるものだが、サマになっているのはやはり素地の良さだろうか、と感心する。
「いやぁ、美人になられて…あいや、そうじゃなくて」
周防は咳払いをして元の気だるい雰囲気に戻った。それをみて小津はなるほど、この気だるさは演出なのだな、と理解した。切り替えも早いらしい。
「その救難信号というのは?」
「子供の声で助けて、と。そのヒューマノイドの声を聞いたことがないので同一のものかは分かりませんが」
「ふぅん、でも声は真似ることができるからねぇ」
周防指摘はもっともだ。しかしこんな事件に遭遇する確率もかなり低いはずなのに、その救難信号を受信できる人間が都合よく通りかかるなど出来過ぎにも程がある。
故にその声の主はさっきの子供のヒューマノイドのものある可能性が高いのではないか。
だが小津は捜査をする側の人間ではない。ALAを知っているというから話はしたが、小津にしか聞こえていないのも事実だ。だからどう受け取られても仕方がないし、主張する気もない。
小津が黙っていると、周防は何か考え込むように顎をさすり、今度は赤井に一歩近づき、横目で周囲を確認しながらやや声のトーンを落としながら言った。
「ALAを使ってこの状況を作り出したと言われたら苦しいですよ」
「ALAは決して万能ではありません」
さらりと赤井がいうも、周防は「あのねぇ」といって呆れ顔をした。
「そんなことが分別できるような人間の方が珍しいんですよ。ALAを知るのはあなたのことを知る一部の同僚と警視監クラス以上とはいえ、全員が信じてるわけでも、正しく理解してるわけでもない。それくらいレアなんです。場合によっちゃ早期解決のための冤罪を被りますよ」
「っていうことは、周防さんは赤井さんのこと信用してるのね」
ナギサが赤井の肩から顔を出して、上目遣いで悪戯っぽく口角を上げる。
一連のやり取りを眺めていた小津に気づいた赤井は思い出したように「あぁそうですよね」と言って目の前の刑事を紹介するように手を差し出した。
「周防君は、私がSPをしていた頃の元部下なんですよ。だからナギサくんとも面識がありました。その頃からとても優秀だったので、今では警視庁第九系特異犯捜査一課の課長です」
周防は「いろいろすっ飛ばしてますね」と言って首を振りながらため息をついた。
「まぁいいでしょう。鬼人オリザが本気で殺しをするなら痕跡は残さない、それは俺も思いますよ。だがあの状況、あの場にいて無関係で通用するわけないでしょう」
「まぁ、確かにこのお宅に足を踏み入れた時点で無関係では無くなった。それはおっしゃる通りですが…でも私たちは本当に発見しただけですからねぇ。仏さんの顔は見ましたが、面識はありません」
赤井に続いて、小津もナギサも「ない」と告げる。
「殺されていたのは大田黒レオ。年齢は四十九、H.ニューロン社のCTO、最高技術責任者ですよ。現在は独身だが離婚歴があるようですね。その辺はこれから調べます。しかしいずれにせよ、殺害当時この家に人間は一人だった」
そんなことここで言っていいのだろうか、と小津は一瞬思ったが、どうせ後で報道される内容なのだろう。こちらの反応を確かめるためかもしれないが、本当に知らないので反応のしようがない。ナギサが口に手を当てて「うっそ、超大手じゃん」と言った。
しかし。
「なるほど…でもCTOという割にはロボットはあの子どものヒューマノイドだけでしたねぇ」