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39_深層領域の攻防

 ***

 〈隔離室B-3〉と刻まれた鉄鋼扉が重々しく開く。


 小津は周防案内で、赤井と二人、この部屋に入ることになった。

 地下室の割に天井が高く、ちょっとしたパーティができるほどの広さがあった。左右の壁の片方は厚さ二センチの強化ガラスだがマジックミラーになっていて、その向こう側には冴木や周防たちがこちらを見ているだろう。床と天井はポリッシュ仕上げのアルミプレート――わずかな振動が走るたび微かに鈍く光を返す。


 天井中央にはリング状のライトユニットが吊られており、白色LEDが昼光よりも少し青い色温度で室内を均一に照らしている。

 四隅にはトラスフレームで組まれた支柱が立ち、各面に細いケーブルが這わせてある。ケーブルは床のグロメットを通って下階のシンクロ測定室へと伸び、強制的に空調ノイズを吸い込むファンが低く唸っていた。

 小津は、視線を部屋の中央奥に向ける。壁際に立っている状態だが、骨格に合わせて成形されたカーボンフレーム製のシェルで包まれているようだ。背もたれから伸びた二本のアームがユウリの脇を軽く抱え、腰と脛にはマグネット式のフォームパッドが触れない程度で固定されている。


 小津は、ユウリの正面、用意された椅子に腰掛けた。

「ユリ君を連れてこれれば良いんですけどねぇ」と赤井が含みのある言い方をした。


 他の面子は隣の部屋からガラス越しにこちらを見ている。座っている小津の隣に立つ赤井の姿はやはり執事を彷彿とさせるが、もしもユウリが暴走した時のための保険、つまり小津の護衛役を買って出てくれたのだ。


「あまり時間もないようですし、仕方ありませんよ。僕は大丈夫です」


《いつでもどうぞ》

 

 感情のこもらない冴木の声がスピーカーから聞こえてきた。

 小津は冴木がいるであろうマジックミラーを一瞥してから、静かに目を閉じる。

 ALAの発動条件はそれほど厳密にはないが、一つ挙げるとするなら対象となるロボットはスリープモードであることが望ましい。それはスリープモードの方が入りやすいというより、単純に小津の身の安全の確保という側面が強い。


 対象となるロボットがスリープモードの状態からALAによって意識領域に入ると、小津がロボットの意識領域から抜けるまで起動しないことが分かっているからだ。


 頭の中で目の前にいるユウリの姿を思い浮かべ、彼の意識にダイブするイメージを持つ。右手を挙げ、掌をユウリに向けた。


 

***

 次の瞬間、指先から吸い上げた鼓動が砂の粒にも満たない光点となり、脳裏で弾け、夜の海へ飛び立つ星座へ変わった。


 息を吐く。

 あたりを見渡す。

 どうやら、成功したようだ。


 礫のような信号が、硝子の欠片のような記憶が、熱を帯びるように光っては急速に凍結と展開と結合を繰り返しながら小津の身体を通り過ぎる。


 否、既にリアルの身体は小津の意識からは離れている。

 さっき周防が言っていた。

 意識と身体、

 果たして本体はどちらか。

 しかしあの話との決定的な違いは、小津の意識はコピーではない。


 本当か?


 そう考えてしまう時もあるけれど。


 多分、今はまだ。


 光点は渦を巻き、潮のように押し寄せ、回廊のようなトンネルを織り上げた。

 そのトンネルを抜けると、浮遊する小津の眼下には夜の広大な都市が広がっていた。都市といっても住居はない。工場のような建造物と無機質な立方体が延々と地平線いっぱいに広がっている。


 整然としているが入り込んだこの電子世界は、個体によってかなり差がある。恐らくスペックや異物侵入時の迎撃対策、ディレクトリ構造や持っている記憶などが異なるためだろう、と小津は考えている。そして小津の見ている世界は電気信号を可視化したもの、昨夜フレイヤが天則の攻撃を可視化したような状態に近い。


 夜空を飛んでいる小津は、方向を意識すれば問題なく進むこともできる。

 しかしALAでこの世界での活動限界はリアルの世界にして三十分、悠長につぶさを見て回るような時間はない。


 飛んでいる小津の視線の先、広大な電子都市の奥に巨大なルービックキューブのような物体が発光しながら浮かんでいる。


 ルービックキューブはガシャガシャと面と面が擦れるたびに虹色の火花が散っている。


 しかもキューブのピース一つひとつに 16×16 のグリッドが張り付き、高速で明滅している。キューブ全体がネオンのように発光しているのはこの数字によるものだ。

 恐らくあれが深層領域に到達するための、この階層の心臓部(カーネル)、と小津は直感で理解する。


 まっすぐそちらへ向かおうと浮遊している移動速度を上げると、突如小津の身体にスポットライトが当てられた。


「まぁ、見つかるよね」


 本来この世界にいるはずのない異物が高速で駆け回っているのだ。気づかないはずがない。小津は独り言をつぶやきながらスポットライトを振り切ろうと速度を上げて、やや高度を落とした。しかしスポットライトは小津の照準に当てたまま着いてくる。


「光の出所は…あれか」と目視した瞬間


 小津の周り、360度囲むように光の矢が飛んできた。


「トラフィックゲートのトラップか!」


 小津は掌をかざすと、まるで周囲に磁場ができたかのように全ての矢のパルス進路を歪ませた。

 しかし軌道を逸らされた矢はぐにゃりと曲がり、結合し、一本の巨大な矢になって小津の上から降ってきた。


「追尾式…、しかもでかいね。ロンギヌスの槍みたいだ」


 この世界ではリアルな世界と違って多様な能力が使えるとはいえ、気を抜けば小津の意識がダメージを負うことだってあり得る。

 小津は真剣な表情で手を振りかざすと巨大な盾を出現させた。

 すぐに槍の先と盾が衝突し、激しい金属音が響く。


「ちょっと変えさせてもらうよ」


 槍に両手を向けると巨大な魔法陣が現れる。小津が「それっ」というとその魔法陣が槍を飲み込み。

 巨大なセロリに変えさせた。


 巨大セロリはそのままゆっくりと倒れて、地上へと落下していく。

 そしてズゥゥン…という重々しい音と共に空気の振動がして、砂埃を上げた。


 相手の攻撃はまだ続く。今度は向かっている巨大なルービックキューブが一段せり出したと思ったら、直径二十メートルほどの赤い光輪が現れた。光輪の内側は光子レンズのようになっていて、光った刹那無数の赤色エネルギー弾が放たれる。

 小津は直進する身体を一時停止させ、ルービックキューブが出したものと同じ光輪を模倣し、エネルギー弾を吸収した。


「争う気はないんだ。通してくれるかな」


 そう言うと光輪が呼応するように徐々に緑色へと変色し、稼働を止めた。


「良い子だ」


 しかしそれも束の間、小津は遥か遠くの地平線上に違和感を覚える。


「砂…いや、粒子化している?」


 小津が気づいたのは、ほんの僅かな兆候。

 そして突然キューブに溶接線のような裂け目が開き、ブレーカーの形状の取手が出てきた。


「なるほど、()()は…やばいね」


 そう言うと小津はロケットのように猛スピードでそのブレーカーめがけて飛んだ。

 ドン!と音がしたのは一拍後のことで、何重にも衝撃波が出るほどの速度で飛行し、一気にルービックキューブの手前まで移動した。


 そのまま一気にブレーカーに手を掛けようとしたところ…


 ギィン!!!


 突然の金属音、小津は自分の認識よりも早く剣を作り出し、相手の攻撃を受け流していた。

 火花が散る。


(うわ…っぶな!)


 小津の剣を弾いたそれは、いつの間にか彼の目前に立っていた。

 人型。

 しかし人の輪郭を保っているのは、そこに「敵である」という意味を与えるためだけの、最低限の構造にすぎなかった。全身は幾何学的な装甲で覆われた騎士のようでもある。


 小津は、呼吸を整えて相手を凝視する。明らかにさっきまでのプログラムとは()()が違う。


「こいつは…なるほど、こいつがこの階層の守護者ってところだね」

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