37_君島アンナの主張
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「──おや、こちらに来ていただいたのですか」
赤井の視線を追って小津が振り返ると、周防が走って近くまで来ていた。藤堂も一緒である。
「あんた、一体何やってるんですか」
周防は少し息を整えながら顔をしかめた。後ろには藤堂もいて、視線を忙しなく周囲に走らせている。天則のバスが去った後も、わずかに残っていた信者らしき男たちがこっちを遠目に睨んでいるのを、藤堂は気にしているようだった。
「天則の街宣は監視の対象外だが、たまたま流れてた配信映像であんたが映った。そりゃ何事かと思うだろう」
周防は額に手をやり、気だるそうに呟く。穏やかに笑っている赤井とは対照的に、相変わらず疲れた空気をまとっているが、目だけは鋭い。
「まぁ、大丈夫ですよ。ちょっと見学していただけです。そこに偶然、彼女が声を上げたので」
そう言いながら赤井が視線を送った先には、君嶋アンナがいる。怒りと興奮がまだ冷め切っていない先ほどの一悶着で、頬にはわずかに朱が差していた。しかし今は誰にも掴みかかろうとする様子はない。
「それにしても、ずいぶんと派手でしたね」
藤堂が苦い顔でそう言うと、アンナは「うっ…」と小さく呻く。
「わ、私も別に注目を浴びたくてやったわけじゃないわよ。あんな場で無理矢理連れ出されそうになるなんて、思ってもみなかった…ちゃんと名乗ったのに“ジャーナリストのお嬢さん”呼ばわりされてるし。恣意的なのは、むしろあっちの方でしょうが…」
そう言ってアンナはやり場のない怒りを噛みしめるように唇を結ぶ。
「とにかく、人目のあるところでややこしい騒ぎを起こさないで欲しいんですよ。余計な火種が増えたら、こっちの捜査もやりにくいんですから」
周防がそう釘を刺すと、アンナの顔に再び闘志のような熱が帯び、気だるげな刑事に向かってびしっとまっすぐ指を差した。
「ちょっと!ヒューマノイドに対する誤解が広がってるって分かってるんでしょう?余計な混乱なんか望んでないけど放っておいたら、あの連中のやりたい放題になるじゃない!あんたたちこそいつまで海賊版ヒューマノイドの誤作動なんて言葉で問題を矮小化するつもり?」
彼女は周防を鋭く睨みながら、声を荒げた。警官を前にしても一歩も引かない姿勢に、小津はどこかヒヤヒヤする一方、彼女らしい正面突破の行動力にある種の圧倒感を覚える。
「落ち着いてください。誤作動だなんだと矮小化しているのは、僕たち一課の意志じゃない」
藤堂が割って宥めようとするが、君島はキッと若手刑事を睨みつけ、さらに矛先を向ける
「あぁ?あんた何よ」
いや怖いから。
普通だったらこの時点で捕まりそうなものだが藤堂はたじろぎ、周防は相変わらず脱力系で興味がなさそうに二人を眺めている。だが時折指をこめかみにあてて何かを考えているようにも見えた。
しかし、と言ってするりと会話に入ってきたのは赤井だった。
「矮小化というのはその通りだと思いますが、その方が君島さんにとっても都合が良いのではないですか?ありのままを公表してしまうと、ヒューマノイドが悪意に目覚め人間を殺めたという筋書きができてしまいますよ?」
確かに君島はロボティクス関連のジャーナリストだけあって技術に対し誇りや信頼を感じている節が多分にある。ヒューマノイドの問題を大きくして風当たりを強くしてしまうことは彼女にとってもマイナスになるのでは、と小津も思う。
しかし君島は「いいえ」とはっきり言った。
「そもそもユウリというヒューマノイドは人間を殺していない可能性だってある」
彼女を除いた誰もが「えっ」という反応をした。
「ねぇ、小津君、ロディは見てくれた?何かわからなかった?」
「実は昨日、邪魔が入りまして途中までしか…でも気になる記憶は見つけました」
君島は何なに?!教えて!と詰めよってくる。徹底したジャーナリスト魂に押されて言おうか迷っていたその時、周防が片手をあげて提案をしてきた。
「まぁ、ここじゃなんだから場所を変えましょう。赤井さんらは元々会って話すつもりでしたが、君島さん、あんたも来てくれるかい」
いいんですか、と嗜める藤堂に、やる気のなさそうな刑事は「良いんだよ」と言ってぶっきらぼうに押し切った。




