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36_龍樹院と赤井

「そこまでにしなさい」


壇上の上から傍観していた彼が、一歩足を前にずらしてこちらを制止するように手を掲げる。

視線は赤井をまっすぐ射抜いている。ギョロリとした大きな目がほんのわずか細まった。


「──見慣れん顔だな」


そう言いながら、龍樹院は壇からステップを降り、信者たちの円が割れるように中央へ歩み寄る。彼が姿を動かした途端、周囲の人々の熱気が一段増した。やはりカリスマなのだろう、その存在だけで周囲が意識を集中する。


「失礼、龍樹院リショウさんですね。お名前はいつもテレビで拝見しています」


赤井はまるで旧友に会ったかのような親しげな雰囲気で礼儀正しい挨拶をする。

龍樹院は鼻を鳴らし、低い声で応じた。


「ああ、そうだ。私は“天則”の声を、この地上に響かせる者。ヒューマノイドに飼い慣らされた民に真実の光を示す者だ。お主は?」

「わたしは赤井オリザ、と申します」


名刺を渡しながらそう言うと、龍樹院の目がより大きく見開かれた。


「赤井…オリザ…? はて、どこかで聞いたような名前だな」


珍しそうにその名刺を見ながら言う龍樹院に赤井は「きっと気のせいでしょう」と柔らかい口調で返した。


「しがない零細企業ですがロボットの葬儀会社の代表をしております。それよりも、先ほどの彼女の主張に対しどのようにご説明されるのか、とても興味を持っております。よければ同席させてもらえませんか」

「ロボットの葬儀会社だと?それは酔狂な」


ギョロリと大きな目を赤井に向けてくるその様は顔に眼球が付いているのではなく眼球に顔がついているのではないか、と思うほどだ。神通力を持つと言われて信じてしまう者もいるだろう。

しかし赤井はそんな龍樹院の威圧を受け流す。


「はい、なんでも龍樹院様は入信される方のロボットをご供養されているんだとか。ヒューマノイドに否定的な見解を持ちながらも供養されるお心に感服しておりました。そこで」

赤井は言葉を切り、周囲に散らばっていた野次馬たちへさりげなく視線を投げる。信者だけでなく、ただの好奇心で集まった通行人やマスコミらしき者まで入り混じっている。

「私もこんな不特定多数の場ではなく、落ち着いてお話ししたいのですが、どうでしょう」


すると龍樹院は短く笑った。

「私はいつでも公の場で語っている。落ち着く必要などない。しかしなるほど、言いたいことはわかった。そっちの小娘よりは話も分かりそうだ」


彼のギョロリとした眼差しが、アンナへと向く。

「ふん、ジャーナリストを気取っているが、こんな騒ぎ方をするとは。取材(ビジネス)なら最初からそう言えばよいものを…。いかにも恣意的だな。嘘も事実も切り貼りして貶めるように整形して報道するのだろう、お前たちは」


「私は違うわよ…!」


アンナは悔しそうに唇を結んだ。確かに“乱入”の形で取材を始めたのは事実であり、動揺するのも無理はない。彼女が叫んだのは衝動にも近かったのだろう。


「我々は“天の則り”に基づいた信仰を持ち、ただ警鐘を鳴らしているだけだ。赤井と言ったか。用があればこちらから連絡をする。ジャーナリストのお嬢さんも帰りたければ帰るが良い。引き留めはしない」


龍樹院の声音は確固たる自信と威圧感に満ちている。彼の背後で控えている信者たちは、ちらりとアンナや赤井を睨みつつも、どう動くべきかうかがっているようにも見えた。


「なるほど、では──失礼します」

思いのほかあっさりと答えたのは赤井の方だった。

軽く一礼して踵を返すと、その動作につられて君嶋アンナの腕をスッと取る。アンナは半ば呆然としていたが、赤井の手は非常に上品で優雅、なおかつ強さを宿していて拒むことができず、そのまま歩を進めた。

すると大柄な男を始めとした信者の誰もがなぜか割り込めないまま、結果的にはアンナを“連れ戻す”ような形で一行は人混みから離れた。


***

歩道を横切って車を止めている方へ戻ってくると、少し離れた場所で待機していた小津が駆け寄ってきた。

「赤井さん、大丈夫ですか?君嶋さんも…」

「ええ、問題ありませんよ」

赤井が穏やかに言うと、アンナはようやく我に返ったように肩の力を抜いて「はぁ…」と大きく息を吐き出した。

「な、なんなのよ、もう…」

顔にはまだ怒りと衝撃が混じっている。


「詳しい話はあとで――とにかく今は、ここから離れた方がいいでしょう」


小津がそう声をかけ、アンナに車を停車している対向車線側に渡った。アンナは最初こそ尻込みしたが、天則の信者がまだこちらを監視していると気づくと「…分かったわ」と素直に従った。

龍樹院リショウの姿はバスへと消え、間もなく走り出した。取り囲んでいた人間もすぐに散り散りになり、あっという間に日常が戻った。

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