35_マモノの擁護者
「…いい加減にしてよ」
アンナは小声から始め、だが次の瞬間、腹の底から声を張り上げた。
「あなたたちにいったい何が分かるのよ!ロボットを一括りに悪だなんて──乱暴すぎる!」
唐突な叫びに、天則の信者たちや野次馬が一斉にそちらを振り向いた。龍樹院リショウも、少しばかり眉間を寄せる。
「我らは真実を述べているまで。あなた、ヒューマノイドという“魔物”の擁護者かな?何者か?」
龍樹院は重々しくアンナのいる方に体を向ける。彼女は微動だにせず、睨むように龍樹院を見る。その視線には記者がスクープに挑む時の闘志が宿っているようにも見えた。
「わたしは君島アンナ。ジャーナリストよ。あなたたちの活動に興味を持って、ここまで来てみたけど―“ロボットがすべて人間の敵”だなんて、そんな戯言を鵜呑みにできるわけないじゃない!」
信者たちが途端に声を上げる。「洗脳されてるんだ!」「AIに踊らされてる女め!」といった野次が飛ぶ。
だがアンナはまったく意に介さない。むしろ煽り返すように一歩踏み出し、龍樹院の顔をしっかりと見据えたまま続ける。
「私が取材してきた現場には、ロボットに救われた人々も山ほどいるのよ。介護ロボットに支えられて生き延びた高齢者、農業ロボットがなければとっくに廃業していた農家だってある。多くの人間がそうやって恩恵を受けているのに…。今回の事件は確かに衝撃的だけど、それを口実に全部を“魔物”扱いするなんて、おかしいわ」
龍樹院は相変わらず壇上の上で堂々と構え、拡張スピーカーを握ったまま静かにアンナを見下ろしている。
「なるほど、ジャーナリストか。ならばいい機会だ──あなたのような世の中を動かすメディアの手先にこそ伝えたい。ロボットは最初こそ人間の役に立つフリをするが、最終的には人間を弱らせ、“自分たちがいなければ立ち行かない”という状況を生み出す。それは神の摂理に背く堕落の道なのだよ。私たち天則は、そうやって弱った人間を救済する使命がある」
何が使命だ、癇に障る物言いだと、やり取りを見ている小津は心の中で毒づく。あんな下劣な攻撃を仕掛けておいて救済だの使命だなどという言葉を使ってほしくない。
そんな小津の心中などお構いなしに信者の合いの手は激しさを増し、アンナに詰め寄ろうとする者まで現れ始める。
「帰れ!」「お前も魔物に加担するつもりか!」と怒号に近い声が上がり、混乱の色が濃くなる。
その混乱の渦の中で、アンナは拳を握りしめ、踏みとどまった。だが周囲の男たちが距離を詰めてくる。
「話したいなら聞かせてやろう。こちらに来なさい」
ひとりの大柄な男がアンナの腕を取ろうとする。「バスに来てください、場所を変えてじっくりお教えします」―その言葉は表向きは親切そうだが、明らかに強引な押し付けだ。
「触らないでよ!」と君島が反射的に手を振り払おうとすると、男は「ひぃっ」と声をあげた。
「ここで暴れてはいけません!周りの方のご迷惑になります!」
極めて大袈裟にわざとらしくその男は注目を集めるための演技をしている。
「マズい」
そう言って思わず駆け寄ろうとする小津の腕を、赤井が横から軽く引いた。
人々のカメラが向けられている状態で先に手を出したのが君島の方であるという事実を作って強制退場させるつもりだ。しかもその先は天則側の陣営である。ただで済む保証はどこにもない。
「彼らは警察沙汰にならないギリギリのラインを熟知していますよ。ヘタに突っ込めば彼女のように“小津くんが暴力を振るった”みたいな話にすり替えられかねません」
「でも、このままじゃ…!」
「ここは私が引き受けましょう。小津くんは事を荒立てないように少し離れて見ていてください。もし警察が呼ばれたら協力をお願いしますね」
言うが早いか、赤井はスッと動いた。まるで人だかりの間を風がふわりと通り過ぎるような自然な身のこなしである。
強制退場先であろうバスへと引っ張られそうになっている女性と信者たちの間へ、いつの間にか割り込む形で立っていた。誰も気づいていなかったらしく、いきなり前に現れた赤井の姿に、大柄な男が訝しげに「どなたですかな」と声を上げる。
「赤井と申します。それより──乱暴はよくありませんね」
「乱暴を受けたのは我々です。周りの方のご迷惑になるので場所を変えてお話を伺おうかとしていました」
男は大袈裟に困ったような顔を作るが、赤井はまるで意に介さず。いつもの穏やかな微笑みを湛えながらも、さりげない立ち位置と身のこなしで信者の腕をブロックする。アンナを掴んでいた大柄な男の動きが、一瞬にして止まった。
「どうでしょう。あなたは話し合いを望まれているようですし、ここは警察立ち会いのもと―」
「──そこまでにしなさい」




