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30_嵐の後

夜空のように広がっていた草原のサイバー空間が、だんだんと周囲からフェードアウトしていく。尤も、まだやることはあるので仮想空間を解除するわけではない。()()()()()()に戻るだけだ。


静かな洋館の書斎、ロディは隣の椅子で静かにスリープを続けている。彼のシステム負荷を示すインジケータは平常値に収まっており、先ほどの“強制ログアウト”による損傷は見当たらない。


「──侵入元ホストの IP ブロック完了。ハニーポット内で取得した署名をもとに、天則系ノード27か所をブラックリストに登録しました」


フレイヤの声は淡々としているが、ところどころにわずかな怒気が滲む。小津は頷き、額の汗を拭った。


「ありがとう。ロディはそのまま休ませておいて。僕の方は一度ログを洗って、警戒レベルを上げよう。……ユリ、聞いてた?」


白衣の研究者は書斎の肘掛けから身を起こし、わずかに口角を上げた。


「あぁ。しかしあの程度のスクリプトでも信者を集められるものなのか」


ユリは呆れたような表情で言い放つ。「あの程度」とは天測が仕掛けてきたサイバー攻撃のことだ。小津は苦笑いしながら眉毛を八の字に歪めて見せる。


「キミやフレイヤにとってはそうだろうけど、一般的なセキュリティシールドでは太刀打ちできないだろうね。規模的にもまるで一企業を狙う勢いだ」


個人が所有するマシンスペックでは足りないだろう。ユリは「そういうもんか」と淡白に返答して納得すると、話題を転換した。


「モナド、という単語をロディの深層で拾ったな?」


「ああ。大田黒は…後悔していたようにも見えた。殺されて当然のことをしてきたとも…やれやれ」

「やれやれ?」

「困惑したり思い通りにいかない時に出る感嘆詞」

「それは知ってる」

「あ、そう…いやね、なんか大事になってきたなぁと思って。あとはテンシード?ってなんだろう」

「さぁな。知らん」とユリは興味がなさそうに言い放つ。


「フリーシードの組織員だった」


「赤井に聞くんだな」


「ロディは、初期化されていないね」


小津の言葉に、ユリは「恐らくな」といって静かに頷く。


「なんというか、初期化を偽装している感じだ」

「あぁ、どうでも良い記憶は消しているのだろうが深層のコアに近づくほど記憶が鮮明になっていた。普通は逆だ。これは何らかの“指令”が残っていても不思議じゃない」


ユリは指を弾いた。書斎の空間に、ロディの脳回路を抽象化した 3D グラフが立ち上がる。深層域の一角が、ごく薄く点滅している。


「ここ。通常のスリープでは届かない、不可視セクター。パーミッションは“マスター鍵”──開けるには秘密鍵を取得するか、強制的に叩き割れる小津のALAくらいなもんだ。けれど直接抜き出すなら、“閲覧者劣化”を覚悟するんだな。下手に触ると記憶片は砂のように崩れる」


小津は短く頷いた。そのときロディのまぶたがわずかに震え、無音で唇が動く──。


「──ユウリを……守れ……」


「なんだって?!」

小津が叫び、空気が凍り付いた。

スリープ中のヒューマノイドが自律発声を行うこと自体、本来あり得ない。ユリがすばやくログを呼び出すが、ロディのプロセス履歴にその発声を示すイベントは存在しなかった。


「ゴースト……いや、潜伏トリガか!ロディの深層領域に触れたことで発動する仕掛け…いやそれでは足りないな。特定の記憶──を見た時に再生される録音音声、もしくは──」

ユリの目が輝く。「これは面白い」などと嬉しそうに呟くが、小津の背筋には寒気が走る。


「守れ、か。ユウリは殺人を“命令”された被害者なのか、あるいは──」

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