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3_遭遇

「あれ?」

小津がそういうと、前席に座っている赤井とバックミラー越しに目が合った。

「どうかしましたか?」

「いえ、なんか声が聞こえたような…」

「どこから?」

「えっと、あっちの方ですね」

そう言って小津は対向車線の向こうにある家を指差した。

「随分大きなお宅ですね」

確かに大きい。この辺は閑静な住宅街という感じだし戸建てが多い。その中でも一際大きく、邸宅と呼べそうな広さだ。

「ヒューマノイドの声ですか?」

「えぇ、声というよりも救難信号でしょうか。なにか助けを求められたような気がして」

はっきりとした声を聞いたわけではない。言葉にならないパケットされた恐怖の断片を受信したような感覚。


「行ってみましょうか」


赤井は車を止め、ドアを開ける。一連の動作は流れるようで服の擦れる音すらしなかった。小津とナギサが後部座席のドアを開けたのは赤井の身体が完全に車体から離れた後である。

車の扉は自動で閉まり、そのまま走り出した。近くのパーキングまで自動で運転する設定しているのだろう。

若い二人が見守る中、赤井はその邸宅の門の前に立ち、インターホンを鳴らす。

しかし十秒ほど待っても、誰も出てくる気配がない。

「ふむ」

なにを納得したのかわからないが目の前の紳士はそんな相槌のような言葉を口にすると、躊躇もせずにその門を開けた。

「え、ちょっ、赤井さん!」

小津は思わず小声で呼び止める。赤井は動作は迷いがなく相変わらず滑らかだが、紳士的な身のこなしとは裏腹にやってることは客観的に見れば不法侵入である。

「警察に通報した方が良くない?」

ナギサの声が後ろから聞こえる。赤井のこうした行動は今に始まった事ではないので慣れていると言えばそうなのだが、だからこそ少し呆れているようだ。

しかし当の赤井はと言えば、止められたのがむしろ不思議といった表情で小津たちを見返す。

「いえ、小津くんが聞いた声が救難信号だとしたら急いだ方が良いでしょう。警察や救急を待っていては手遅れになる可能性だってある」

「でも、そんなにはっきりとした声でもなかったですし…」

「思い違いなら、それで良いじゃないですか。まぁその時は、私に任せてください」

平時と全く同じ口調で穏やかにそう言うと、やはり事務所を歩く姿と全く同じく自然な足取りで玄関の扉まで向かっていく。

二人は顔を見合わせるが、お互い諦めているのがすぐに確認できた。

だが確かに、赤井の言う通りでもある。


人型のロボットのことを、今ではヒューマノイドと呼ぶことが一般的となっているが、彼らは通常オフラインだ。小津が幼少の頃はまだ八割くらいがオンラインだったが、脳の神経回路網をハードフェア的に再現した新世代ニューロモーフィック・チップが標準搭載されるようになってから一気にオフラインへと移行した。理由は主に三つだ。

一つは単純にストレージの大容量化でオンラインであることが必要なくなった。

二つ目はロボットの行動三原則のインストール義務法などの法整備が整ったこと。

そして三つ目は、ロボットが見たもの、聞いたものをクラウドに保存するリスク、つまり人間のプライバシー保護のためでもあった。


「虐待かしら」


ナギサが一言そう言った。虐待とは、ロボット虐待のことでヒューマノイドをはじめとしたロボットの行動三原則の一つである「ロボットは、人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看破することによって人間に危害を及ぼしてはならない」をいいことに暴力などを行うことである。だが倫理的に人間に非がある場合、当然拒否や抵抗することは認められているし、救難信号を出すこともある。

しかし。

「三原則を曲解している人間も多いですからねぇ」

そう言いながら流れるような手つきでインターホンを押す。これだけ大きな家なら、お手伝いロボットや自動応答AIがすぐに反応しそうだが、それもない。というか本当ならこの三人が門を開けた段階でなにかしらのアクションがあるはずなのだ。

赤井は白い手袋をしてドアノブを掴む。すぐさま鍵がかかっていることが確認できると、手を離し今度はドアノブに向かって手を翳した。


カチャリ、と金属が擦れる音がして、鍵が開いた。


赤井は、ちょっとしたものなら手を使わずに動かすことができるという能力を持っているらしい。そんなこと小津にはできないし、本当に非科学的だが赤井曰く、単体ではそれほど役に立たないし、おまけのような能力なのだそうだ。

玄関の扉を開け、身体を中に滑り込ませる。ごめんくださいとか、誰かいませんかと言った言葉は三人とも言わない。ワンルームならともかく、この規模の邸宅で信号が遮断されたような静けさはあり得ない。すでに言葉では表せないような予感がすでに充満していたからだ。


〈誰か!〉


先ほどよりも明瞭に、大きな声が小津の頭の中に響いた。とっさに自分の首をアンテナのように右に左に動かして見回す。頭に響いた声はどこから聞こえてきたのか方向がわからないのだが、それでも何となく動いてしまうものだ。そして

「多分上の階です」

と言った。

先頭にいる赤井は、振り返って小津とナギサに「念の為注意してください」と言って階段を上がっていく。

階段を上がる小津の足音が不自然な添加物のように響く。もしも相手が強盗などで戦闘になった場合小津ができることはなにもないので不意をつくなら赤井とナギサだけで行動した方が良い。だが玄関に残った自分がその強盗犯と鉢合わせた場合。


(っていうか怖いし)


格好悪いことこの上ないのは分かっているが、小津の身体能力はいたって普通なのだ。一人とり残されるくらいなら付いていく他ない、と思う。

階段は歩いて上がっていたが、しかし二階についた途端、赤井は奥の部屋へと走り出した。

ナギサと小津もそれに従う。

(これは…!)

思わず声が出そうになるのを堪えて、小津は口に手を当てる。

ドアの下の隙間から、わずかだが赤い液体が流れ出していた。

おそらく人間の血液。

やはり強盗が押し入ってこの家の住人を殺したのか、そんなことが頭をよぎる。

赤井は廊下の奥側、ナギサと小津は手前側でドアを挟む。

赤井が二人に目配せをした後、ドアノブに手をかけたと同時に素早くハンドルを回しドアを開く。

「なんと、これは…」

声を出したのは赤井だが、遅れて部屋の中の光景を見た二人も同じことを思った。

血を流し、ドア側に脚を向けて仰向けに倒れていたのは中年の男。目を見開き、その出血量から絶命しているのは明らかだった。

しかし三人が言葉を失ったのはそこではない。

すでに事切れている男の傍にいた童。

右手にはナイフを持ち、血がべったりとついている。

その傍には童が、生気のない瞳で呆然とその男を見ていた。

そして、その顔が小津たちに向けられる。

陶器のような肌。タイガーアイのような光沢のある茶色い玉眼の瞳。


「子どもの…ヒューマノイド…?」

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