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28_モナド

小津は目を閉じ、意識を集中させた。

ALAが発動し、ロディの(コア)とつながる感覚が生まれる。


光の周波数が揺蕩(たゆた)いながら伸縮し、

小津の目の前を、後ろを、天空を、地面を、

煌びやかに彩りながら誘惑している。

歪んだ中心から眩いほどの波動が幾重にも放たれていた。


「美しい」


誰かがそう言った。


「誰?」


小津は振り返って、その声を探査する。

しかし既に霧散し、映像も、音声も消え失せていた。


「美しい…確かにそうだ」


何故だろうか、と呟いた。

憂いの中にも

光の中にも

儚さの中にも

美しさを見出すのは何故だろうか。


不定であることが美しいのか。

不変であることが美しいのか。

流転するからこそ美しいのか。


「そこに揺るぎない意志があるなら」

「そうだね、そうかも知れない」


柔らかい絹のようなオーロラ

その境界線を指でなぞろうと手を伸ばした時

その内側にある映像を小津は見る。


電子的に再現されたニューロンとシナプスの神経回路網の中に入り込み、深層記憶領域にまで到達をイメージする。

そうして、小津の意識は完全にロディの中に入り込んだ。


──あたりを見渡す。


白い霧


その霧の中を、小津は歩いていた。

小津は自分の手を、足を感じているが宙に浮いた感覚でもある。


(ここがロディの深層記憶の中…)


もう一度あたりを見回す。少しでも解像度の高い記憶がないか探すためだ。

周りにはたくさんの映像が浮遊するように流れている。それはさながら記憶の窓で、ロディの視点で見たあらゆる映像による記憶がここに格納されている。当然ながら君島の映像が多く映し出されている。音声も意識を向ければ聴くこともできるが、無駄なエネルギー消費は小津としても避けたい。


小津のALAはロボットの電子回廊に自分の意識を潜り込ませ、記憶を見るというもの。

その極めて重要な特性としては、深層記憶と言った本来ならばセキュリティレベルが高く堅牢であり。万一招かれざる客が侵入した際、シールドによる防御や排除するための迎撃はもちろん、無理にこじ開ければ初期化する等のトラップを全て()()()しながら目的地に辿り着くことができるという点にある。


しかし危険がないわけではない。活動限界はリアル世界の時間にして三十分程度、それ以上は生身の身体へ意識が戻りづらくなることがわかっている。深層領域への侵入は、人間でいう夢の世界のように時間感覚が狂う。そのためフレイヤやユリといった外の世界で見張ってくれる信頼できる相棒が必要なのだ。


その上、記憶を見つけたところで小津だけの力ではそれを外部に持ち出すことができない。つまり証拠としては成り立たない。

今、外の世界ではユリが猛烈なスピードで小津のいる地点を特定し、それを利用してロディの深層領域をマッピングしているはずだ。


(あれは…)


記憶の濁流の向こう側に、光るものが見える。

小津はゆっくりと歩いて近づく。

不意に霧が晴れる。


天気の良い青空。そして小高い丘の上のようだった。現実世界での記憶なのか、それとも仮想空間で再現した自然風景の記憶なのかはわからないが、ゆったりとした時間が流れるように、優しい風が頬を撫でた。

小津は直感的にここが深層領域であることを確信する。

強い記憶の流れに押し流されずに超えた先、台風の目のようにぽっかりと空いたこの領域こそ、ロディのコアであり—。


(もっともゴーストに出会いやすい領域)


しかし確信はしているが、同時に小津は驚きと疑念を持っていた。


()()()()()()()()のだ。


ゴーストは断片的であり、小津のALAを持ってしても読み取りが困難であることが多い。

しかしロディのコアはまるで映画の中にいるようで、これほどなめらかで鮮明な記憶が深層記憶にあることは非常に珍しい。ロディ自身のストレージ容量がかなり巨大である証拠でもあるだろう。


やけに鮮明な映像に触れるとルームスケールの仮想空間のように上下左右、その映像に包まれたような状態であり、そのリアルさは仮想空間を凌駕している。鮮明すぎるほどのリアルさに、小津は息を飲んだ。


(どうやら、何かの記憶の中に足を踏み入れられたらしい。しかしここは…)


ふと左を見ると、少し離れた場所に大田黒レオ、そして



「カン太君?!」



瀬戸山リエとユイの家で見た犬のぬいぐるみロボットが、草むらの上をぴょこぴょこと跳ねながら大田黒の足元を回っている。

そしてロディの視点は徐々に大田黒に近づく。彼の元へ歩いて向かっているのだろう。

大田黒の表情は柔らかく。客観的に見ると幸せそうな父子に見えた。


そして次の瞬間、映像にグリッジがかかり、自然風景が一転して室内になった。別の記憶に触れたらしい。意識がシンクロするようにロディの視点で見ている世界になっている。


見覚えのある無機質な住宅。


先日見た、大田黒の自宅だった。広々とした部屋で家具が少ない。寝具がないことからもここが仕事部屋であり書斎なのだろう。本はない。小津のルームスケールの仮想空間のような使い方もしているのかもしれない。


目の前には大田黒が立っていた。


彼は一歩踏み出し、ロディの目線の高さになるようにしゃがむ。

ロディの視点で見ているだけなのだが、小津は自身が大田黒と目を合わせるような錯覚に陥る。



>「いいかい、私は今、命を狙われている。もしかすると殺されるかもしれない」言葉とは裏腹に表情はいたってフラットだ。怯えている様子は微塵もない。


>「だが万が一の時、私はそれを受け入れようと思う…いや、受け入れなければならないだろう。それだけのことをしてきたからだ」


>「フリーシードの組織にいて何人もの人間を利用し、蹴落とし、時には見殺しにした。避けては通れなかったと言い聞かせ、夢中に開発に没頭することで目を逸らし、そしてお前という大きな成果が生まれた」


>「お前は、モナドだ」



(ロディが…モナド?)


小津は大田黒の言葉の意味を探るように反芻する。

大田黒には先ほどのような柔らかな表情はなく、顔はやつれて目の下にはクマができ、悲壮を漂わせていた。しかし諦めではないその瞳を、小津は食い入るように見る。


>「お前には痛みを理解する頭脳がある。それはきっと救う力になるはずだ。だが他の()()()()()の誰かに渡ってモナドの礎になってはいけない。だから暫く信用できる人間のところに預ける。いいね」

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