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27_ナギラ・ユリ

***

・第四章-2


小津とロディは、静かな足取りでリビングから別室へと移動した。扉を開けると、そこには仕事用のデスクと椅子、そしてノートパソコンとモニターが一台置かれただけの、閑散とした部屋があった。部屋の空気はひんやりとしていて、どこか張り詰めた雰囲気を漂わせている。


「仮想空間を部屋全体(ルームスケール)にするために家具は置いてないんだ」


小津はロディを振り返りながら、あえて説明するように言った。ロディは当然そんなことは理解しているだろうが、念のためだ。ロディはその説明に、黙ってわずかにうなずくだけだった。


「この椅子に座って」


小津はリビングから運んできた椅子を入り口側に置きながら促した。するとロディは一瞬戸惑ったように視線を泳がせ、静かな口調で言った。


「スリープ状態になる必要があるのでしたら、立ったままでも大丈夫ですよ。その方がエネルギーの節約になります」


ロディの律儀さに小津は軽く笑みを漏らし、肩をすくめる。


「そうなんだろうけど、そう堅いこと言わず座ってよ」


小津の言葉は論理的ではなかったが、その背後にある気遣いを感じ取ったのか、ロディはそれ以上何も言わずに静かに椅子に腰掛けた。


「さてさて、じゃあ始めましょうか。フレイヤ」


その声を合図に部屋の照明が静かに落ち、まるで宇宙に溶け込むように、部屋中に星空が投影された。壁も天井も床も消え、彼らは夜空の真ん中に取り残されたような感覚になる。部屋全体(ルームスケール)の仮想空間は、ウェアラブルのような持ち運びはできないが没入感が高い。ホログラフィックスキャンの技術によって視界全体に展開される星空には奥行きがあり、ほんのわずかな意識の動きで手が届きそうな感覚さえある。一人で仮想空間に没入するなら軽量型ヘッドセットで十分だが、ロディと一緒なので二人でちょっとした旅行をするような感覚になる。


「すぐにスリープモードに入ります」

というロディを制止する。

「あ、ちょっと待ってね。先に紹介する人がいるから」


小津は作業机に置いてあるノートPCのキーボードを手早く打ち込みはじめる。いくつかの認証画面を通過し、バーチャル・セキュリティのゲートをくぐるように指をすべらせる。

その間、星々が流れ星のようにすっと走り抜け、部屋の風景がゆっくりと変わりはじめた。


部屋を包んでいた星々は瞬く間に軌道を描き、夜が明けて太陽が昇り、その後、太陽がゆっくりと消え去った後に現れたのは、静寂に満ちた洋館の書斎だった。

視界には大きな窓と美しい調度品を配した広い洋館の書斎が出現する。

床は大理石を思わせる質感で、壁は深みのある木目パネル。

まるで西洋の古城を改装したかのようなクラシカルな空間だ。


「よく来たな。その子が話していたロディか」


書斎の奥には白衣を着た女性が一人、椅子の肘掛けに右腕を置いて頬杖をつきながら鋭い視線でこちらを見ていた。仮想空間にも関わらずその姿勢からは威圧や威厳とも違う不思議なオーラが感じられる。


「やぁ、遅い時間にごめんね。そう、この子がロディ。えっと、この人がね…」


ロディに向かって説明しようとするが、その前に彼女から声がかかる。


「ナギラ・ユリだ」


ユリが短くそう言ったので「フレイヤを作った人だよ」と小津が付け加えた。ロディも理解したようで、ユリに向かってゆっくりとお辞儀をした。


「初めまして。ナギラ・ユリ様」

「挨拶はこのくらいにしておこうか」


ユリが小津に軽く右手を挙げると、小津は少しだけ名残惜しそうな表情を浮かべる。


「相変わらずだね。たまには積もる話をしても良いと思うけど」

「非常に良い案だと思うが、次の機会にしよう」

「そう、仕方ないね」


そう言って肩をすくめてふっと吹き出す小津に対し、ユリも目を細めて微笑んだ。

ナギラ・ユリとは同学年であり、お互い唯一の友人と言っても良いだろう。彼女の言葉には無駄がなく、いつも研究や物作りに没頭していて会話も最小限だが、不思議と心を許せる存在でもある。

ロディは二人の短いやり取りをみて、小津とユリを交互に見た後


「やっぱり、人間同士の会話を聞いているのが一番面白いです」


と感想を言った。小津は少し驚いて彼の方を見る。ユリもその言葉のユニークさに気づいたらしい。僅かに前傾姿勢になっていた。


「ほぉ、興味深いことを言うヒューマノイドだな。どの辺が面白いと感じた?」


「理解ができないところです。ナギラ様は小津の提案を却下しましたが、その後二人とも笑いました。整合性が取れません」


「理解ができないことが面白いか…素晴らしい」


ユリはロディに感銘を受けたように頷き、目を輝かせた。どうやら彼のことを気に入ったらしい。それは小津も嬉しいが、まだ驚きの方が勝っていた。


(理解できないことが面白いだって?)


にわかには信じがたい言葉だが嘘ではないだろうし、「そのように設定された振る舞い」という流れでも無かった。


(いかんいかん、今は僕が集中しないと)


思考を中断し、ロディに向き直る。

「じゃぁ始めようか。ロディ、スリープモードに」

小津がそういうと、椅子に座ったロディは「わかりました」と言って目を閉じた。


小津が言うと、ロディはゆっくりと目を閉じ、まるで石像のように動きを止める。その瞬間、部屋の空気も完全に静止したような錯覚を覚えた。


「それじゃぁ行くよ。ユリ、サポートをよろしく」

「あぁ」

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