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24_敵か、味方か

「事件の早期収束、ですか」

周防が低い声で満島の言葉を繰り返す。


「ええ。昨今、AI社会への不満や反発が各所で噴出しているのは承知の通り。ま、それは昔からそうやったんですが、やっとヒューマノイドが定着の兆しを見せてきたここで今回の事件が大々的に取り沙汰されて、“ヒューマノイドが人を殺した”なんて認められたら、火に油を注ぐようなもんです。それこそテロが誘発されてもおかしくない」


満島は薄い笑みを浮かべながら朗々とそう言って、肩を竦めた。

周防は仮想空間の向こう側にいる満島に鋭い目を向ける。


「確かに、天則だなんだと扇動する連中もいる。それも含めて、あなた方は“誤作動”で片づけると?」


周防の言葉に満島は「そう」とうなずき、指を一本立てる。


「上層部としては“ユウリという海賊版ヒューマノイドの誤作動”と公式見解を出す方向で調整中ですよ。つまり、違法に作られたロボットだから三原則が正常に組み込まれておらず、残念ながら“凶行”に至った…っちゅう筋書き。それが一番、混乱を少なく収められますからね」


「しかし──!」

藤堂が声を強めようとした瞬間、椎名が静かに片手を上げる。


「だが検察官殿がわざわざここへ出向いてきて、我々に“筋書き”だと宣言するということは、問題や懸念がある、ということですよね」


椎名の視線を受けて、満島はふたたび薄く笑う。


「ははぁ。お見通しですね。まぁそういうことです。私もそう簡単にいくかいな、と考えてますよ。実際にはヒューマノイドにハッキングの可能性があったことが捜査資料に残っていますから」


「ではなぜ検察庁は“海賊版”を押し通そうと?」


周防が問い質すと、満島は鼻で笑って答えた。


「三原則を逸脱したヒューマノイドが、何者かに操られた可能性を認めたら最後、“AIの安全神話”は完全に崩れます。民間は混乱し、国際競争力も落ちる。さらに言えば、本当に“三原則を破れる”実例が世に広まれば、“だったら自分たちも”と、違法ハッキングに手を染める連中が出てもおかしくない。つまるところ、ヒューマノイドを中心とするロボット産業の基盤が根こそぎ揺らぐ」


「そのために真実を隠すのか」


低く吐き捨てるような周防の声に、満島は悪びれもせず「そうですよ」と言い切った。


「治安と秩序を守るには、時に痛み止めが必要なんです…。病巣を完全に取り除くのが最善と分かっていても、切除が危険ならば麻酔をかけて症状を静めるしかない時もある。そして今回は患者もやたら多そうでね…。そこら中で、想像以上に出血しているんですよ」


「アンナ・プレス・ラボのような、火中の栗を拾いに行く連中もいる。一筋縄ではいきませんな」

椎名が静かに呟くと、隣で藤堂が怪訝そうに顔を上げた。

「アンナ・プレス・ラボ…君嶋アンナですか?彼女が何を」


「取材でちょっかいを出しているらしい。まぁ、あの女は一度噛みついたら離れないタイプだ」


椎名が鼻を鳴らすように言うと、満島が横槍を入れる。


「件のジャーナリストの報道は影響が大きい。“AI関連企業の闇”とやらを暴き、何度か世論を揺らした実績もある。彼女がユウリの事件を追い始めたら……厄介やねぇ。いま各所に目配せして黙らせようとしている矢先ですよ」


「警察とマスコミじゃ立場も役割も違う。止める権限はないし、これは憲法と照らし合わせても…」


「しかし不利益を被る人間が大勢いる。それだけのことです。もし、彼女がさらに踏み込んだ報道を進めるなら、私の手の届く範囲で事実を操作せざるを得ない」


穏やかなトーンでひどいことを言う満島を、周防は苦い思いで見つめる。

「警察と司法の本分は真実を追求することでしょう。事実を操作するなんて……」


「理想論ですね。もちろん()()無闇に嘘を広めたいわけじゃない。やけど、国家運営にはリアリズムが不可欠なんですよ、周防警部。いずれ…分かる日が来ます。それより私が掴んでいる情報によると、ユウリの本体コアを解析する作業が予定よりスローダウンしているそうですね。どうやらヒューマノイドのオリジナル設計に予想外の暗号が組み込まれていて破るのに時間がかかるとか。お察しします」


「ふむ」と言って椎名何かに納得したようにテーブルに置かれた資料を少し指でめくってから、口角を下げた。

「残念ですが、今のところ捜査は“公式には”ほぼ打ち切られています。特異犯捜査一課として、私や周防が引き続き動いているのは内部的にグレーゾーンですよ。上層部も疑問を抱いているが、それを表に出さないでくれという圧力もある」


「分かっていただけて助かります。あとは──」

満島の細い目が藤堂を一瞥する。

「新人さんもいらっしゃったので、ご挨拶も兼ねて」と言って藤堂を見た。


「どういう意味ですか」そう答えたのは周防だが、満島は気にせず続ける。


「いえ、なーんにも。“鬼人オリザ”の部下だった周防警部の下にいる若手だそうで。うちの検察庁にも“赤井オリザ”の伝説を好む連中は多いんですよ。まぁ、昔の英雄譚やけどね」


鬼人オリザ──それは藤堂が憧れている、元SPの赤井オリザの異名だ。

藤堂は反射的に言い返したい気持ちを抑えながら、ただ無言で睨み返す。

満島はそれを嘲るように受け流すと、スッと椅子を引いて立ち上がった。


「さて、おしゃべりはこの辺にしましょ。要点はすでに伝えました。検察庁側(われわれ)としては今すぐ事件を終わらせたい」


ただし、と言って満島は間を置いた。

()()()()()()()に時間がかかるから、もう少しだけ調査が必要だと私から上層部に伝えておきます──。ですが私の力では止められて一週間と言ったところでしょう」


満島の言葉に、椎名は「はぁぁ」大きなため息を吐く。


「あんただって結局上のやり方に疑問を持ってるんだろう。味方なら味方とちゃんと言ったらどうです」


天邪鬼が──、と椎名が吐き捨てるように不満を言うと、満島は「まぁそう言わず」と言ってケタケタと笑った。


「それでは。私はしばらく東京地検のほうから書類が山積みになりますが、期待してますよ…」


満島は軽く会釈をすると、ふっとフェードアウトするように消えた。部屋の照明がもとの明度に戻り、彼が立ち去った方角はしんと静まりかえった。幽霊のように現れては消える―その印象とまったく変わらない余韻だけが、取り残された。

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