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23_ロボット三原則

***

時刻は夜の八時。警視庁庁舎の一角にある第九系特異犯捜査一課のフロアでは、椎名(しいな)コウタロウ警視正が藤堂キョウヘイ、そして周防タダユキの二人を前にして席に腰掛けている。机上には資料が山積みで、昼光色ライト冷たい光が三人の表情を浮かび上がらせた。


「──あの人形は“子ども型ヒューマノイド”とはいえ、三原則がインストールされているはずだ。それが人間を殺したとなれば、当然ながら社会は混乱する」


椎名が淡々とした口調で切り出す。椅子に深く腰を下ろし、厳めしい目つきで二人を見据えた。精悍な顔つきからわずかな疲れが見て取れる。


「だから、個体の暴走として対処すべきだと?」


周防が静かに問い返す。薄暗い部屋の空気を破るように、椎名は短い息を吐いてうなずいた。


「そういうことだ。大田黒レオの死は“子ども型ロボットの誤作動”──警察としてはそれ以上追及しない形で早期に幕を下ろす。満島(みつしま)検察官殿からの通達だ」


椎名の口から出た満島ノブユキ検察官は、周防も何度か挨拶はしている。

色白で常に猫背、おまけに物音も立てずに歩く様はほとんど幽霊だ。

藤堂は横で軽く首を傾げている。


「三原則が正常にインストールされていれば、誤作動ですら刃物を人に向けるなんてあり得ないと聞きますけど…」


 実際、ロボット三原則は

1. ロボットは人間に身体的危害を加えてはならない。

2. ロボットは所属する自治体のルールに従って行動しなければならない(ただし第一条に反しない限り)。

3. ロボットは自らの存在を守らなければならない(ただし第一、第二条に反しない限り)


──アイザック・アシモフというSF作家が一世紀以上前にその小説の中で登場させた行動原則をベースに、この時代ではさらに強固にプログラムされている。子ども型ヒューマノイドといえど、その基本は崩れないはずだ。


「お言葉ですが、椎名警視正―」と首を掻きながら周防が切り出す。

「三原則をまともに守っているヒューマノイドが、なぜ人間を殺せるのか。どうして刃物という“武器”を選んだのか。ソフィア──警視庁のオラクルAI──は“何者かによるハッキングの痕跡”を示唆しています。つまり、自発的な“暴走”ではない可能性が高いんじゃないですかね」


椎名の眉が微かに動く。彼は指を組み、深いため息をついた。

「周防警部。古典SFの時代から“三原則”は絶対の安全装置として扱われてきたが、その完璧さゆえに、逆に多くの人間が盲信している一面がある。──理屈の上では“三原則”は破られない、とね」


「しかし実際には海賊版ロボットなど、三原則を解除したケースも報告されていますよ。ヒューマノイドは命令に対して非常に忠実ですが、根底の命令体系を書き換えられれば…」


周防が言いかけたところで、椎名が手を挙げて制した。


「その通り。書き換えは重罪。だが、テロリストや違法業者の手にかかれば何でもありだろう。いちいちそれらを大きく報道したり、騒いだりしてすればAI社会全体が疑心暗鬼に陥る。いわゆる“ハック耐性が崩れた”と誤解されて、国も民間も混乱し、二次被害が起きる可能性もある。連中はそれを恐れてるのさ」


連中というのは検察庁側の人間のことだろう。


「的外れもいいところですね。次に被害者が出たらそれこそ社会は混乱する」

「まったくだ。だがさっきも言ったが俺がそうしたいわけじゃない。これは検察庁からの通達だ。今は混乱と被害を最小限に抑えるのが“現実的”な方策というわけだ」

椎名はそう言うと、苛立たしげに机を指で叩いた。


「その通りです」


突然響いた声に三人が顔を見合わせる。すると部屋はみるみる暗くなり、無限に広がるような暗闇の地平線から幽霊のように青白い顔をした男が現れ、「やぁ」と軽薄そうな挨拶をした。


「すみませんねぇ遅くなって」


見た目の弱々しさとは裏腹に細い目のその男は、いささか粘着質な声質でそう言った。

今日は満島から仮想空間内で打ち合わせをしようと言われていたので三人とも部屋全体(ルームスケール)で仮想空間になるこの部屋で待機していたのだ。


「約束の時間を過ぎていますよ、満島検察官殿」


椎名は今にも舌打ちしそうな苦々しい表情をしながらいう。


「まぁまぁ、そんなに怖い顔をなさらずに」

満島検察官は、椎名の鋭い眼差しを真正面から受け止めるでもなく、関西のイントネーションでゆるく受け流すように空中に視線を泳がせる。

彼は、その場にいる刑事たちをぐるりと見回してから、口元にかすかな笑みをたたえた。


「警視正殿とお会いするのも久しぶりですねぇ。前回は、ほら、違法ドローン制裁法の運用方針を擦り合わせた時でしたっけ? あれもずいぶんと揉めましたけど、今回はそれより厄介そうだ」


「我々との会議が時間の無駄だと思われるなら、さっさと要件をどうぞ」


椎名が苦々しい表情のまま促すと、満島はわざとらしく眉を下げて肩をすくめてみせる。


「そんなことは思ってません。むしろ、われわれとしてはですね、事件の早期収束を望んでいるわけです」

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