21_藤堂キョウヘイ
「君たち!何をやってる!」
精悍な顔つきのその男は、小津たちと三人組を見比べるようにしながら問いただしたが、小津に気づくと「あれ」と目を大きくして意外そうな顔をした。
「君は確か…赤井さんのところの社員さんじゃないか」
そう言われて小津も、その男の顔を思い出す。
大田黒レオが殺害された際、小津たちが周防と話している時に捜査員の中にいた男だ。
「はい、ええっと」と言って少し言葉に詰まると、「藤堂です」と若い刑事が名乗った。
「藤堂さん、どうされたんですか?」
「いや、外回りで調査をしていたら喧嘩をしているような声が聞こえたから何かと思って来てみたら…これ、どういう状況?」
そう言って藤堂はもう一度、地べたに這っている三人とナギサをみた。小津は慌てて「いやぁ」と声を出してみた。
「仕事から帰る途中でこの方達から突然因縁をつけられたんですよ。我々が同伴しているヒューマノイドを置いていけって。ほら、あのゴルフクラブやナイフで脅されました」
そう言って転がっている武器を指差した。
「僕らはいっさい触れていないので、指紋を調べればすぐにわかります」
その後、主に小津がことの顛末を説明することになった。もちろんALAについては伏せているが、男たちを倒したことは事実なので、武術の心得があるナギサが純粋な強さで懲らしめたということにした。
藤堂はもちろん驚いていたが、当の因縁をつけてきた三人がALAのことは知らないので、その説明に嘘がないことは自然と彼らが証言してくれることになるだろう。
ただし、バイクを持ち上げたことは言わなかった。小津が説明をしている間、ナギサが小柄な男に顔を近づけ何かを囁くと、声もなく一瞬震え上がっているのが視界に入った。多分口止めをしたのだろうと思う。
一通り説明が終わると藤堂は応援を呼び、その三人は警察に引き渡された。
相手を制圧したあともなお、路地裏には殺気の余韻のようなものが残っていたが、パトカーに押し込まれていく三人組が遠ざかると、そこに張り詰めていた空気が一気に薄らぐ。
「まったく…」
小津は思わずため息をついた。まさか帰りがけにあんな連中に絡まれるとは想定外だった。
隣を見ると、ナギサは乱れた前髪を指先で払いながら、自分の腕についた埃をはたいている。息も全く乱れていない。まるで勝負にならない相手だったのだから仕方ないだろう。
「あなた方、本当にすごいなぁ…」
藤堂キョウヘイは、あらためて三人を見回した。その表情は驚きと感心と、若干の疑いが混じっているように、小津には見えた。
まぁ、この場合すごいのはナギサなのだ。小津は絡んできた彼らを可哀想にと思いながらただただ生暖かい目で見守っていただけだ。
「もう少し遅かったら、大通りまで連行して突き出してたところよ」
ナギサはなぜか挑戦的な視線で髪を掻き上げながら藤堂に向かって言った。
「まぁあの様子だと正当防衛って言葉だけで済むかどうか、いろいろ賛否はあるんですけどね。でも今回は相手も完全に凶器を持ってたし、問題はないでしょう」
ナギサがロディの手を軽く引いて「行くわよ」と促すと、ロディは素直に一歩踏み出した。その様子を、藤堂が興味深げに目で追う。
「その子が“ヒューマノイド”かぁ。最近はこんなに人間らしい見た目で、しかも子どもの姿をしたモデルがいるんですね」
「ええ、まぁ。さすがに警察の方ならヒューマノイドには慣れてるかと思いましたが」
まだ帰す気がないことに気づいて小津がそう言うと、藤堂は苦笑いしながら首を横に振った。
「僕は元々、交通課にいたので人型のロボットに関わる機会が少なくて。ポリスヒューマノイドの訓練とかを見学したことはありますけど、あれはまた違いますからね」
確かにポリスヒューマノイドは軍用や警備用の派生技術がベースになっており、あまり人間に近づけていない。表情もずっと硬く、警戒モードでは眼球や頭部の形状が変わるタイプもある。外見よりも機能性を重視しているため、人間に擬態した子どもモデルのロボットとは設計思想が違いすぎるのだ。
「そもそも人間に近づける必要もないのに」
藤堂が少し目を細めて言う
「まぁ、この世界が人間に都合よく出来上がっていますからね。仕方ないんじゃないですか」
と小津が言うと、藤堂は目を大きくしてなるほど、と言った。
「その発想はなかったな。てっきり人間の似姿を作り出すっていう幻想を追い求めているのかと思った」
「もちろんそれもあるでしょうけど…でもフライパンもタロットもベッドのシーツも、人間が扱うために生まれた物です。場合によっては神様でさえも…。ですからつまり、代行者を創りたいんじゃないでしょうか」
「なるほどね…でも子供の姿にする必要なんて…いや、君に話すようなことじゃないな。すまない、先日の事件もあってね」
そう言って藤堂は右手を上げて制止するようなポーズをとった。
「ところで、どうしてここに?」
今度は小津の方から質問してみると、藤堂は「え、あぁ」と言って辺りを見回した。
「ここのところ、この地域もあいつらみたいなのが増えて治安が悪くなって来てるからね。監視カメラの取り付け作業の手伝いだよ」
と言って大通りの方を指差した。多分そこに藤堂が乗っていた車や機材があるのだろう。
「特異犯捜査一課が?」
「元交通課だからね」人手不足で捜査の合間に借り出されることがあるんだよと言って藤堂ははにかんだ笑顔をした。
しかしそこから先を続けるより早く、彼の腕時計型端末に何かアラートが入ったらしい。
「ごめん、ちょっと…」
藤堂は連動しているカード端末を耳に近づけて小声で会話を始めた。相手の声は聞こえないが、どうやら応援で来ていた同僚なのか、署に戻らねばならないようだ。
会話が終わると、急いで立ち去る準備を始める。
「えっと、また改めて。…今日の一件は、そちらが被害者だから特に問題ないと思います。でも何かあれば連絡ください」
藤堂はそう言うと、メモリチップとIDコードが印字された名刺大の端末を小津に手渡し、その場を後にした。




