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20_ナギサ・グラビティ

「てめぇ、女だからって手加減すると思うなよ!」


大男の怒った声が聞こえてきて、小津は振り返る。しまった。ロディに感心して忘れていた。


「さっきからテメェテメェうっさいわね。じゃぁ振り解いてみなさいよ」


「くそっ!」


 大柄が左の拳も突き出すが、それもナギサの右手で掴まれて、力比べをしているような体制になった。身長は190cmくらいだろうか。体重も、100kgは優に超えているだろう。

見た目だけならナギサに勝ち目はなさそうだが、表情は正反対。涼しい顔で笑みを浮かべているナギサに対し、大男は怒りと焦り、良い知れない恐怖が混ざって脂汗をかいている。


「なんで、こんな女が!」


大男が叫んだ次の瞬間。

ナギサは右手を離すと男の胸ぐらを掴んだ。

野太い悲鳴と共に、巨漢がふわりと宙に浮き、そして空中で体が捩れたと思ったらあっという間に男は背面から地面に叩きつけられた。


「がはぁ!」


背負い投げされた大男は受け身を取ることもできず、コンクリートの道路に背中を直撃され、かなりの衝撃を受けたはずだ。


「な…なにしやがっ…」


寝返りを打つように腹を下にして起きあがろうとする大男にナギサは蔑みの目を向ける。


「あんたはもういいから。そのまま寝てな」


そう言ってナギサが右手を軽く振り下ろすと、大男はうつ伏せで大の字になり、叫びながら地べたに張り付いたような格好になった。


「がぁぁっ!」


声にならない叫び声を出しながら身を捩ろうとしている。しかしよりによってあの格好になったら指一本動かすことはできないだろう。

男は自分の身に何が起こっているのか理解できていない様子で、ただただ驚愕の表情で微かに震えている。


ナギサのALAアンチ・ロジカル・アビリティは、周囲の物体や相手の“重さ(質量的な感覚)”を変化させることができる能力。


簡単に言えば重力操作だが、「相手の拳を受け止めた際、相手の脚だけ重さを軽くして力が入らないように動きを封じる」といったことが可能だ。ナギサ自身は正確に1kgを何分の一にするとか、何倍にできるかといったことはやったことがないし興味もないが、幼い頃に癇癪を起こした際、自宅の屋敷を半壊させたことがあるという。


「妙な手品使いやがって…!」


長身細身の男が鋭い目でナギサを睨みながらそう言うとゴルフクラブを握り直し、小柄な男はサバイバルナイフを構えて走り寄る。二人がかりという選択はこの場合正しいだろう。


「さっさとかかって来なさいよ。どうせ準備運動にすらならないわ」


「くそがっ!」


細身の男が勢いよく振り下ろしてきたゴルフクラブをナギサは微笑のまま紙一重でかわす。空振りした男は、何故か意味がわからないと言った表情で足をよろめかせて前のめりに倒れそうになった時。


ドス、という鈍い音が小津の耳に聴こえた。ナギサの拳が細身の男の腹に入ったのだ。


「うわぁ…可哀想に」と小津は思わず目を細めながら呟く。


ナギサはあの赤井が「格闘センスは私より上ですよ」と言っていたほど、彼女自身が格闘の達人である上に、ALAによって相手の重心やバランスを崩し、それを利用して自滅を誘ったり致命傷を与えることもできるのだ。


恐らく今の細身の男との格闘も、ゴルフクラブを振り下ろす瞬間に相手の重心をずらし、遠心力に耐えられず転んだところをナギサが狙って殴ったのだ。


男はゴルフクラブを手放し、腹を抱えるように倒れ込むと、声も出せず呼吸をするのも辛そうに蹲った。


「レディに対してそんな物騒なもの躊躇なく振り回すなんて、ほんっと最低ね」


蹲る男を見下ろしながらそう言うと、ふんっと言いながら残った小柄な男の方に向き合う。


「ち、近づいたら刺すぞ……!」


 ナイフを持った小柄な男は、自分が次の標的と悟るやいなや一歩退く。しかしナギサの足さばきは予想外に速い。まるで踊るようにステップを踏むと、一瞬で男の背後に回り込んで腕をとり、逆手でナイフを弾き落とした。


ナイフが足元に転がってきたので小津はしゃがみ、無言でそれを見つめた。

思った通り安物だ。チンピラにはお似合いだが、物は切れるし刺せば殺しの道具にはなる。

小津はやるせない気持ちになりながら視線を上げ、そのチンピラに目を向ける。小津自身もまだ二十代だが、そんな自分よりも若い人間がこんなにも荒んでいるのはやはり残念でしようがないと思う。

しかし当の本人たちはそれどころじゃないだろう。愕然として声も出せないようだ。明らかにナギサに脅威を感じている。


これで終わりか、と思って小津が声をかけようとした時。


ナギサはスタスタと歩き、倒れている三人を横切り、その後ろにあった大型バイクに手をかけた。


「そ、それは…!」


小柄な男がナギサに駆け寄ろうとするが、彼女と目が合うと息を呑むだけで近づくことができない。勝ち目がないことを悟って完全に気圧されているのだろう。


大柄な男も細身の男も、倒れてはいるがその大型バイクは奪われたくないらしい。三人ともナギサを鋭い目つきで睨んでいた。

しかし次の瞬間、その目は驚きに変わり、表情は青ざめることになる。

ナギサがおもむろに、その大型バイクを片手で持ち上げたのだ。


「ひぃぃ!」


小柄な男は思わず声を上げて、その場で腰を抜かしてへたり込んだ。

残りの二人も、驚愕の表情で口をぱくぱくさせるだけで、声が出せない。


それはそうだろう。見た目的にも二百キロ以上はあるはずだ。マンガでしか見たことがない絵面である。


「これに懲りたら、追い剥ぎなんてやめて真っ当に働くことね。さもないと…」


ナギサがそう言ってその大型バイクを持ち上げたまま一歩進んだ。

三人はそれを見上げたまま後退りしようともがいている。


「誰かがこちらに近づいています」


突然、ロディ後ろを振り返りながらそう言った。


ナギサもその声で落ち着いたらしく、持っていたバイクを下ろした。ドスンという鈍い音と金属が擦れる音が混ざった映画館でしか聞かないようなドンシャリ音だったが、投げ飛ばしたわけではないので壊れてはなさそうだ。

暫くすると、スーツを着た若い男がこちらに駆け寄ってきた。


「君たち!何をやってる!」

ep.20 おまけ

>幼い頃に癇癪を起こした際、自宅の屋敷を半壊させたことがあるという。

「あれはある意味、フリーシードよりも厄介でした」(赤井談)


ちなみに小津の年齢は二十四歳

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