2_ALA(アンチ・ロジカル・アビリティ)
「お母様にも可愛がられてたんですね。カンタくんは幸せなロボットだと思いますよ」
そう言って小津はお辞儀をし、玄関の扉を開けようとした時、また「あ、あの」という声で呼び止められた。
小津が振り向くと、母親が不思議そうな顔をしていた。
「赤いリボンの話、私しましたっけ?あの子が初めて蝶々結びを覚えて、それをカンタにしてあげたのが始まりだったんですよ。それ以来いつもカンタがリボンを咥えてユイのところに走って行って、つけてくれってせがむんです。だからユイも、リボンの結び方がとっても綺麗になったんです」
習慣になってたので私もきっかけを忘れていました、と静かに言った。
それを聞いて小津は、「あぁ」と言って合点が言ったような顔をした。
「そうだったんですね。それは知りませんでした。でも、うん。見せていただいたカンタくんの写真にはどれも綺麗なリボンがつけられてました。時系列で見ると段々結び方がお上手になっていたので、きっとユイちゃんが可愛がっていたんだろうなと思いまして」
***
「あ、すみません待ちましたか?」
小津は路肩に一時停車している車に乗り込みながら、乗車していた二人に聞いた。予め伝えていた予定終了時間よりも少し遅れてしまったからだ。
「いいえ、5分以上であれば自動的に近所を一周する設定にしていたのですが走らなかったので。まぁ待って3分ってところですよ」
それは角の取れたまろやかな声で、運転席に座っている赤井オリザが言った。
ロマンスグレーのオールバックで好々爺のようにいつもにこやか、身のこなしも上品なのでタキシードを着たら執事長になれるだろう、といつも小津は心の中で思っている。
「お腹が空いたからパスタでも食べに行きましょ。私行きたいお店があるんだー」
もう一人は袋小路ナギサで、こちらは現外務大臣の袋小路リュウゾウの娘だ。ボブショートで顔も整って且つモデル並みのスタイル。街を歩けば芸能人でもないのに写真を撮られるほど派手なオーラを出している。
赤井は、「そうですね、今日は午後の予定もないですし早めにランチにしましょう」と言って、ナギサが選んだパスタ店を設定すると、車の発信ボタンを押した。
ただボタンを押すという誰がやっても同じ結果になる動作なのに、なぜかジェントルを感じてしまう。
そんな二人に比べれば、見た目も性格も随分と「普通」だと自負している小津だが、この三人は仕事仲間である。
ロボット専門葬儀会社、R/F.
赤井を社長として社員がナギサと小津の二人という、なんとも小さな会社ではあるが、2050年代に入った今、それなりに需要はあるので今のところ事業として成り立っている。
しかし小津もナギサも、赤井から声をかけられるまではそんな会社に就こうなどとは考えたこともなかった。
特にナギサの父は政治家だ。加えていうなら袋小路の一族は不動産や病院など、手広く事業を展開していている。令嬢といってもいいほどの家柄なので当然コネはいくらでもある。彼女のスペックから言っても本来こんな小さな会社で働く必要などないのだ。
だが、実際働いている。
この三人には、ある共通項があった。それが繋げていると言ってもいいだろう。
「あんた、また妙なこと言ってないでしょうね」
「言ってないですよ。ただカンタくんのユニットメモリから、記憶の残滓が視えたから営業トークで利用しただけです」
「ほらぁやっぱり!」
そう言ってナギサは口に手を当てて驚いたようなポーズをした。
「あんたねぇ、ロボットオタクなのはまだしも、一般人の前でひょいひょい能力使ったらダメっていつも言ってるでしょ」
「これでも制御してるんですよ。視えるものは仕方ないじゃないですか。それとロボットオタクは余計です」といって小津は口を尖らせる。
「どうせ蘊蓄の一つでも言ってお客さんを困らせたんでしょ」と言われ小津は心の中で「くぅっ」と呟く。しかしいい感じにまとめたつもりだ。
「それにしても変な能力よねぇ。ロボットの記憶が視えるなんて」
「いやぁ、どっかの物の重さを変えられるとかいう訳のわからない能力を使うナギサさんほどじゃないですけどねぇ」
「ほほほ。あなた程度ならお姉さん能力なんか使わなくてもけちょんけちょんにできるわよ」
ちなみにそれは本当だ。しかしそれはナギサが強すぎるだけなのだ。
「まぁまぁ、いいじゃありませんか。当然ばれていないのですよね?」
「そりゃぁもちろん」と小津は答える。ナギサは追撃してこない。
小津、ナギサ、赤井の三人の共通項、それはこの特殊な能力のことだ。
赤井に教わるまで知らなかったのだが、これは「アンチ・ロジカル・アビリティ」通称ALAと呼ばれるもので、現代の科学では解明できない、理に反している能力のことを指すのだそうだ。
そして小津のALAは、「ロボットの記憶が読み取れる」という能力だ。はっきり言って地味な能力だと、自分でも思っている。
「この会社では小津くんが稼ぎ頭ですからね。頼みますよ」といって赤井はにこりと微笑んだ。
「おぉ、凄みのある微笑みね」とナギサが小声でいうが、それを赤井が聞き逃すはずもなく
「ナギサくんも少しは小津くんを見習ってくださいね」
と言った。赤井は怒っていないし口調もこれ以上丸くなることもできないくらい角の取れた声だがやはり不思議と有無を言わせない感じがある。
ナギサも赤井を怒らせるような言動はしないように、一応は気をつけているらしい。小津から見ればそれも努力が足りないのではと思わなくもないが、本人がそういうのだからそうなのだろう。
もともと、ナギサと赤井の付き合いは小津よりも長い。以前彼女から聞いた話によると赤井は父親である袋小路リュウゾウのSPをしていたという。だから娘であるナギサのことは小さい頃から知っていて、護身術を入り口に武術の基礎も赤井から教わったのだそうだ。
小津はというと、ナギサが同じ中学の一学年上の先輩だったので知ってはいたが、この会社で働くことになったのは赤井に声をかけられたからだ。
小津の祖父はF大学の教授で人間型ロボット、いわゆるヒューマノイドの人工皮膚においてグラフェン素材を使った研究を進め、広めた研究者だった。赤井は、学生時代その祖父のもとで学んだことがあるのだそうだ。
世間が狭いのか、それとも赤井の顔が広大なのか。