18_おさえておさえて
君島はあからさまに残念そうな顔をする。
「はい、もっとちゃんとした機器を使います。場合によっては弊社と提携しているエンジニアにも診てもらう必要があるでしょう」
「それって、実際の現場を見せてもらうことって、できませんかぁ?」
君島アンナが身を乗り出すようにして聞いてくる。興味津々なのだろう。
それを見ていたナギサは、前髪を払いながら「できるわけないでしょ」とあしらうように言った。
ナギサの鼻で嗤うようなニュアンスは伝わったのだろう。君島の笑顔が静的なものになり、目の奥にわずかな怒気が宿るのを小津は見逃さなかった。
しかしここでバトルが始まってはたまったものではない。というか君島が肉塊になってしまう。
小津は慌てて「まぁまぁ」と言いながらナギサを自分の後ろに押しのける。今のところあくまで依頼人なのだ。今回に限らず依頼人からは多少の無理難題を言われることはあるのだが、どうもナギサはかわしたり落とし所を探るのが苦手である。
「えっと、現場をお見せすることはできません。提携先の意向もありますし、機器も特別なものを使います。もちろん検査結果の詳細をご報告する義務はあると考えています。その点はご安心いただきたいのですが、弊社のテクノロジーや機密情報を曝け出すつもりはありません」
小津は赤井の振る舞いをイメージしながら務めて柔和になるように、しかし淡々と伝える。
現場を見たいというのは、彼女の場合知見を増やし、あわよくば記事にして世間に知らしめたいというジャーナリズムから来るものなのだろう。プロとしての意識だろうが、全てに付き合う必要はない。
「あの……」
小津と君島の中間地点にいるロディが不意に、口を開いた。
「僕、廃棄されるんですよね。…別に、構わないと思います。大田黒さんのところからここに来て、何か役に立てると思いましたが、特に何も求められませんでした。今は、ここにいるだけです」
その淡々とした言葉に、小津は眉をひそめる。
「ロディ……何か不満はないの?」
「不満……? 分かりません。僕は“今はここにいる”ようにプログラムされています」
> 「そっか」
小津がそっとロディの肩に手を触れる。するとロディは少しだけ首を傾けたが、拒絶反応は示さない。
(何かおかしいな…)
小津は胸の奥に違和感を覚えた。ロディは“初期化済み”らしいが、それなら尚更“今はここにいる”なんて表現はしない気がする。初期化後のヒューマノイドは、一般的に“自分の存在意義”をあまり意識しない。
まるで“ここで待機”しているかのようだ。誰かの命令が残っている……?
ここでALAを使えば何かわかるかもしれないが、後にしよう。
(この子は、本当に“不要品”として譲渡されたヒューマノイド? あるいは……)
「では、ロディを一度、当社でお預かりします。そちらで詳しい検査をして、お見送りか、或いは別の選択肢があるのか検討させてください」
小津はそう言いながら、ロディの瞳を一瞬見つめた。
どこか虚ろなまなざしの奥に、まだ何かが――記憶の切れ端のようなものが残されているような気がしてならない。しかし今は深追いをする場面でもないし、ここでALAを使えばすぐに君嶋アンナに勘づかれる可能性が高い。
ロディは「……よろしくお願いします」とだけ、また上の空のように告げる。
自分の運命に頓着がない、というよりも──まるで宙ぶらりんの思考状態にあるようだ。




