17_ロディとの対面
・第三章-1
次の日の夕方、小津とナギサが君島の事務所へ赴くことになった。
ロディの状態を見るためでもあり、その結果葬儀をするかどうかを決めるためのイベントでもある。
「気が重いなぁ」君島の事務所へ行く途中、車の中で流れていく外の風景を見ながら思わず本音が漏れてしまう。
こう言ったイベントは、たまにある。
通常、ロボット葬儀を依頼してくる人は、すでに動かなくなったり、何らかの不調をきたしているため惜しみながら見送ろうとしている。それがオーダーメイドで所有者の思い入れが強いほど、クラシックカーのように作られた年代に関係なく愛されている。またコア領域に損傷がなければ、古いボディはR/F社で引き取り、新しいボディを選んだり腕の良いエンジニアを紹介することも仕事のうちだ。所有者も長年連れ添った記憶を持つヒューマノイドがそばにいた方が良い、と喜ばれる。
しかし、中にはロボット自体は健康体なのに所有者の金策や心変わりで連絡をしてくる依頼者もいる。今回の件も、ロディ自身が不調である報告は受けていない。ただ前所有者が大田黒であるという点で廃棄しようか検討している、という話だけだ。
小津とナギサは、君嶋アンナの事務所が入ったビルの近くにあるパーキングに車を止めた。
「結構さびれてるわね」
初めて来た場所なのだろう、ナギサが辺りを見回しながら言う。
「郊外はこんなもんですよ」
周りに誰もいないから良いものの、あまり聞かれたくない会話である。
この周辺は雑居ビルが立ち並び、君島アンナの事務所は道路に面したビルの一つ向こうにある。回り込むよりも近道を、ということで路地裏のような道を通って行った。
ビルの入り口でインターホンを鳴らすとすぐに自動ドアが開いた。外観こそシンプルだが、内部のフロアはリノベーションされているのか意外と綺麗だ。
エントランスを抜け、エレベーターで三階に到着すると、ガラス張りの扉にシンプルなフォントで“Anna’s Press Lab”と書かれていた。ジャーナリストとして活動する君嶋アンナの拠点──通称「APL」だという。
「ようこそ、いらっしゃいましたぁ」
待ち構えていた君嶋アンナは、ガラス扉を開けると同時に手を振って出迎える。彼女は以前と同じく肩の力の抜けた服装で、どこか掴みどころのない柔らかな笑みを湛えていた。
しかし小津とナギサが足を踏み入れると、背後のデスクに小柄な少年が立ち上がる。
彼がロディだろう、と一目見て確信する。
「さぁ、ロディ。今日はR/F社の方がお見えだよぉ」
君嶋はロディに優しく声をかけたが、少年型のヒューマノイドは無表情のままこちらを見つめている。
年齢設定は十代前半くらいか。ユウリよりは少し背が高く、肩にかかるくらいの茶色い髪、やや青みがかったターコイズブルーの瞳には曇りがなく、どことなく英国貴族を思わせるような顔立ちだ。
「よろしくお願いします」
ロディは一応、そう呟いたものの、まるで台本を読んでいるかのように抑揚がなかった。
「お会いできてよかったです。さっそくですが、ロディを拝見させていただきますね」
小津は一歩進み出ると、ロディに軽く会釈をした。
するとナギサも隣に並び、「よろしくね」と笑顔を向ける。
その仕草や表情に、ロディは人間には見られない一瞬の微かな反応を示した。AI特有の“視線制御”のタイムラグなのか、あるいは心の揺らぎなのかは分からないが、ナギサはそれを見逃さなかった。
> 「あら、おとなしいわね」
ナギサがひそかに小津に耳打ちする。
小津は首を横に振った。
「初期化されているとはいえ、やはり何か残滓があるのかも。大田黒レオさんから譲り受けたあと、君嶋さんがどこまでメンテナンスしたのかは分からないし…」
小津はロディに向かって姿勢を合わせるように腰を落とした。できるだけロディの目線と近い高さになるように心がける。
「ロディ、君の身体やメモリに不調はないかな。どこか気になるところは?」
するとロディは、一拍おいてから虚ろな声で答えた。
「僕は正常に動作していると思います」
> 「そう、ありがとう」
ロディに表情の変化は乏しいが、ナギサが近くの椅子に腰かけながら「それなら良かったわ」と柔らかい口調で言った。彼女のほうも、あまり威圧的にならないよう配慮しているらしい。
一通りの挨拶を交わして、持ち込みの端末を使って検査を行う。外装、骨格・可動機構の損傷確認、バッテリーの劣化診断と視覚・聴覚・触覚の感度測定…
検査の間、君島は「ほぅほぅ」とか「ふえぇ、こんな感じなんですねぇ」などと感嘆詞を口にしながら見ていた。
そして手順通りの評価が終わったところで君島に向き合った。
「あくまで簡易的な検査結果ですが、異常は見当たりませんね。つまりボディは健康体です。しかし今回は、脅威がないかも確認する必要があるので、一旦お預かりしたいと思います」
「ここでは分からないんですかぁ?」
君島はあからさまに残念そうな顔をする。
「はい、もっとちゃんとした機器を使います。場合によっては弊社と提携しているエンジニアにも診てもらう必要があるでしょう」
「それって、実際の現場を見せてもらうことって、できませんかぁ?」




