16_何こいつ。品がなさそう
画面には派手なテロップが踊り、同時に話題の背景として
「H.ニューロン社の元CTO・大田黒レオ氏 死亡── 子ども型ヒューマノイドの暴走か?」
といった見出しが映し出されている。
そして、そこに座る龍樹院リショウ。まるでテレビのバラエティ番組に僧侶が居座るかのような異様な光景だが、その存在感は大きく、画面の片隅にあるテロップには「宗教団体『天則』代表」としっかり名前が記されていた。
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> 「──私たち“天則”は、今回の大田黒氏の死を“神罰の兆し”と受け止めています。
> 我々はかねてよりAI技術の氾濫に警鐘を鳴らしてきましたが、ついに人工知能の手で罪なき人間が殺される悲劇が起こった。
> これは“AI文明”なるものが、いかに人間の尊厳や魂を踏みにじっているかを物語っています。
> 我々は、国に対しても速やかなロボット技術の使用停止と、AIの廃止を求めています──」
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坊主頭に精悍な髭、がっしりとした体格。僧侶らしき装束が異様な迫力を演出している。
朗々とした語り口で断定的、「天則」という宗教団体の反テクノロジー思想が如実に現れていた。
司会者はバランスを取ろうとするのか、別のゲストであるコメンテーターにも話を振るが、龍樹院の声量に圧されてかどこか腰が引けているように見える。
「何こいつ。品がなさそう」
ケーキの箱を開けながらナギサが口を開いた。画面では龍樹院リショウが言葉を続ける。
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> 「──AIは所詮、人間が超えてはならない境界を侵す“魔術”でしかないのです。人の形をしたロボットをつくり、魂なきものに言葉を喋らせるなど、自然の摂理に反する行為。そして、最終的にそれは人間に牙を剥く。まさに今がその時期なのですよ。いずれ“神罰”は拡大し、さらなる犠牲が出るでしょう──」
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「物騒なこと言う割には中身がないわねぇ」
ナギサは半ば呆れたように、フォークでケーキをつつく。
彼女は普段の振る舞いは適当そうに見えるが、本質は見逃さない。今の龍樹院リショウの言葉も、もっともらしいことを言っているが原因を追求することなく、AIを廃絶しなければ神罰が下るぞと脅しているだけだ。
(原因を追求することなく?)
ソフィアは、警察は詳細な捜査を行わない可能性がある、と言っていたのを思い出した。その方針は組織ぐるみのものか、それとも周防など捜査を担当している人間がそうしようと働きかけているのか。
そして君島アンナは、箱にラベルを貼って中身を確認しないと異を唱えていた。
赤井はどう考えているだろうか。自然と赤井の方を見るといつもの通り穏やかな表情のままだが、ナギサと同様なのだろう。今にも「困ったものですね」とでも言いそうな表情に見えたので、音声を少し絞ってから、ショートケーキを口に運んだ。
舌に吸い付くような濃密な生クリームだが、不思議と重くなく甘すぎない。
「しかしそんなに有名なんですか?この人」
小津が赤井に向かって聞いてみる。
「えぇ、そして“天則”がこの事件でさらに支持を広げているのは確かでしょうね。メディア露出が増えるほど、信者でなくてもAI社会へのアンチ派は加勢に入る。ただ、わたしの調べた限りでは、彼ら自身が直接暴力的な行動を起こした記録はありません。むしろ“信徒の数”を増やし、世論に訴えるのが得意な印象です」
「そんなことまで知ってるんですね」
小津は宗教に対して偏見はないが、代わりに興味もない。赤井が博識なのは承知しているが、天則のような歴史の浅い新興宗教にまで精通しているというのは驚きだった。
しかし赤井は、
「なに、ちょっとした商売敵だからですよ」
と言って肩を上げて微笑んだ。
「商売敵、ですか」
「えぇ。彼らの思想は“テクノロジーからの解脱”ですから信者の多くは当然ヒューマノイドを持ちません。所有していた者が入信することになった場合、原則は所有しているロボットを全て寄進するんですよ」
「え、それってまさか」
小津のケーキを食べる手が止まる。
「多分小津君の考えている通りですよ。彼らは「御供養」と称して手に入れたヒューマノイドを解体して、どこかに売り飛ばしてる疑いがある。我々だって言い方を変えれば同じ部分もありますが、その「どこか」は重要です。わかりますよね」
「違法取引もあるってことですか?」
「そのまま保管することはないでしょう。倉庫がいくらあっても足りなくなります。かと言ってただ廃棄するのはかなりのお金がかかります。それなら信者自身にやらせればいい。そして反テクノロジーを掲げているから表立った企業や真っ当なところに卸すこともしない」
商売敵と言っても、客層は被りませんからウチの売上に影響はないと思いますがね、といって赤井はふふふ、と笑った。ジョークのつもりらしい。
しかしその話を聞いて、小津はある情景を思い出していた。
「…そういえば、亡くなった大田黒さんの家って、ユウリって子以外ヒューマノイドは見当たらなかったですね」
ケーキを食べ終えて少し暇そうにしていたナギサが目を覚ましたように驚いた。
「え、それってまさかコイツが絡んでるの?」
コイツというのは天則のことで、つまり大田黒が天則の信者なのか、ということだ。
「いやいや、でもテクノロジーの最先端企業の重役が、実はAIのアンチだったなんてこと、あるのかなぁ。それにユウリはいたわけだし」
何となく言ってみただけですよ、と小津がいうと、ナギサも納得して「そうよねぇ」と相槌を打った。
「そういえば、家具も少なかったわね。引っ越しでもしようとしてたのかしら」
確かに手入れは行き届いているものの、どこか殺風景な家だった。しかし小津も仮想空間は基本、部屋全体だ。だから専用の部屋を用意し、余計な凹凸をつけないように家具はなるべく少なめに配置するので当時はそれほど気にならなかったのだ。
赤井はというと、右手を顎に当てて何かを考えているようだったが、やがて顔を上げて小津と目が合った。
「一応、周防君にも聞いてみましょうか」
部屋全体の仮想空間について。
仮想空間は、スマートグラスのようにメガネ型やゴーグル型のデバイスを通じての体験が一般的になると思いますが、凝り性な人やビジネスシーンなんかでは、部屋全体を仮想空間にしてしまう、つまり自分たちだけのイマーシブシアターを作ってしまうこともあるんじゃないかなぁと想像しています。
というかイマーシブシアターは不特定多数がいる空間だと全然没入できなくて、自分だけのための映像空間となって初めて真価を発揮するんじゃなか、とも思います。
また、少し前にディズニーがVR歩行デバイス「HoloTile」というものを開発していて、そのタイル上で歩くとその場から進まずに前後左右“無限に歩行”することができる、という記事もありました。
「ベッドに寝そべってアバターを使い仮想空間に没入する」のも、もちろんあると思いますが、こういったものを組み合わせると文字通り自分自身が仮想空間ではしゃげるようにもなりそうです。




