13_私のプログラムが許容しません!
***
軽快な足取りで事務所を後にした君嶋が見えなくなったところで、小津はようやく一息つく。
君嶋と大田黒の関係性はジャーナリストと取材対象というものだったらしいが、ある程度の信頼関係はできていたのだという。ロディの譲渡については、むしろ大田黒から声をかけられたのだそうだ。
>「そんな高価なもの受け取れませんって言ったんですけどぉ。大田黒さんからどうしてもって言われて譲ってもらったんですよねぇ」
君嶋はそう言っていた。確かにヘルパーヒューマノイドなどの産業的なタイプではないヒューマノイドは嗜好品に分類されるため高価だ。タダで譲り受ける例はほとんど聞かない。
小津は、君嶋から受け取ったロディの基本情報を眺める。
「フルオーダーメイドモデルか…。譲渡時に初期化されているとはいえ一般的なメーカー品とは違うだろうな。ベースOSに独自改変が加わっていることも多い」
それにしても、と呟いてから顔を上げ、天井に備えられているスピーカーを見つめた。
「ずいぶんと静かだったじゃないか。フレイヤ」
君嶋にはウェアラブル端末を外すよう促していた。小津も外していたが、それでもなおあの時間、フレイヤが小津に助言することは可能だった。
応接室のスピーカーは「超指向性スピーカー」という、平たく言えば音のビームを作り出し小津の耳にだけ声を届けられるスピーカーが設置されているのだ。
『必要ないと判断しました』
「普段はあんなに世話焼なのに?」
『…少し考え事をしていました』
「考え事?」
『はい、君嶋アンナというジャーナリストと大田黒の関係、ロディと大田黒の関係、ユウリとロディの関係、そして小津と君嶋アンナの関係…』
「僕と彼女は初対面だよ」
『はい、しかし唯一、推論ができたのは君嶋と小津の関係です。関係というより、なぜ君嶋が小津を訪ねてきたのか』
「それは…」
『君嶋アンナにもソフィアの介入があったのではないか、と考えます』
ソフィア、という名前を聞いて小津は目を細める。
「まぁやっぱりそうだよね…」
『最初はジャーナリストとして、事件に対する取材の一環としての訪問と認識していました。であればALAは隠しながら君嶋アンナを利用して、小津が事件とは付かず離れず情報収集ができないかシミュレーションしていましたが、彼女はALAの存在を認識していました』
「僕の能力も知ってるみたいだったね」
『はい、恐らくソフィアが君嶋に接触し、情報を与えたのではないかと。そしてロディの存在は想定外でしたが、代わりにソフィアが君嶋に接触した理由は推測できました』
その言葉を聞いて、小津ははたと気づく。
「そうか…理由はわからないが、ソフィアは警察が深追いしない方針を取る可能性があると言っていた。そうするとロディの件で相談したところで調べないまま廃棄され、真相から遠ざかるかもしれない。だから君嶋さんを使ってここに依頼をするように仕向けたか…うーんそこまでは気づかなかったな」
『どこまで小津の情報を渡しているのかは不明ですが、このタイミングでロディを警察に渡さず葬儀を行う名目でR/F社に依頼をしてくること。何より赤井オリザ社長、袋小路ナギサ様、そして小津の三人のうち、この依頼を最も受ける確率が高いのが小津だと吹き込んだものと思われます』
「え、つけ込まれたってこと?ディスってくるね。傷つくよ」
しかしフレイヤは「事実です」と冷徹に応答した。
『そしてこの依頼は、小津のALAが必要になります』
確かにそうなのだ。取材や通常のロボット葬儀ならいざ知らず、ロディの前任所有者は大田黒レオなのだという。タイミング的にもユウリと入れ替わりということは、何かしらの手がかりがないかを確認したいと思うだろう。
「偶然ということはない?」
『あるかもしれませんが、警察以外でロディの深層記憶を確認したいというだけならヒューマノイド解析専門のエンジニアに依頼する方が自然です。そうではないという事実がソフィア介入の確率を押し上げています』
「なるほどね…」
『そして、ソフィアは小津と君嶋アンナの両者に、「自分のことは言わないでほしい」と伝えた』
フレイヤの言葉を小津はケノビをするように腕を伸ばしながら考える。
「理由は…自分の関与がバレたらソフィアといえども警察組織内での立場や統率力にマイナスの影響が出てしまうから、と言ったところかなぁ」
『はい、そうだと思います』
小津はもう一度「なるほどね」と言って腕を組む。両方ともソフィアと関わりを持っているが二人とも口止めされいて密告するか黙秘するか様子を見るとは、まるで「囚人のジレンマ」のようではないか。しかし囚人のジレンマと違うのはソフィアのことを君嶋に話したところで、小津にとって得になるようなことは思いつかない。逆に言ってしまった場合、あのオラクル級のAIにどんな仕返しをされるかわかったものではないので暫くは黙っておこうかと考える。
「君嶋アンナがソフィアと繋がっている可能性はわかったけど、キミが静かだった理由は他にもあるんだろ?」
フレイヤは「はい」と応答する。
『仮にソフィアが関わっているとしたら、小津の安全を優先順位の一位に考える私の思考パターンは読まれてしまう可能性が高いです。それなら静観し、小津の判断に委ねる方がソフィアの思惑から外れる可能性があります』
ふと、こんなことを言うフレイヤは、実はソフィアに意趣返しをしたいのではないか、と考えてしまう。それなら実に微笑ましいではないか。しかしフレイヤに言ったらそんな感情はない、というに決まっているだろう。
「でも結果的には、依頼を断ることもできずにまんまと思惑通り嵌まってしまったよ」
『いえ、そうでもないと思います』
「え?」と言って不思議に思った小津は首を傾げる。
結果的にはソフィアの約束通り名前を出すことはせず、依頼も引き受けざるを得ない状況になりそうだ。これは彼女の思惑通りの展開ではないのか。
『確かに大きな流れはソフィアの描いた展開通りかもしれませんが、君嶋アンナは小津の思慮深さに気づき、小津に対して「意味はわからないけど信頼できそうな人だ」と言いました』
「思慮深さって…いやまぁ最後の言葉はそうなんだが…わからないかなぁ?」
『はい、わかりません』
え、そうなの?と言って思わず手にかけて持とうとしたマグカップを離してしまった。
説明した方が良いのだろうか。いやしかし、と思って取り敢えず意識を脱線させないように切り替える。
「でも、その程度のことじゃ何も変わらないんじゃない?それにソフィアの思い通りになることが悪いこととも限らないし」
『不確定要素によって計画が狂う例は多々あります。ソフィアは真実のため、正当化できる論理が組めれば多少の犠牲を払うことも厭わないでしょう。しかしその犠牲が小津である場合、私のプログラムが許容しません。警戒は怠らないでください』




