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13_花の蕾はキセキの約束

***

前所有者が大田黒レオ、という名前を聞いて小津は緊急停止したロボットのように固まる。「えっと、それは先ほどから話題に上がっていた大田黒氏のことですよね」と念を押すという名目で時間稼ぎをするのが精一杯だ。しかし君島は「はいそうです」と即答して。


そして黙った。


完全に想定外である。

「―というわけで、私はそのロディを“お見送り”してあげたいと思っているんですぅ。それと同時に、御社がどのようにロボットを送るのか、その過程を取材させてほしい。どうでしょう?」


そう言って、君嶋アンナは小津の反応をうかがうように軽く首を傾げる。

大田黒レオのヒューマノイドを“個人的に所持していた”という事実をさらりと打ち明けておいて、もっと深い情報は小津から引き出そうとするような独特のやり口――そんな匂いがした。

君島の視線からいつまでも逃げるわけにはいかないので、小津は画面から顔を上げて君島と目を合わせた。


「半年前に、レオ氏ご自身から譲り受けたということですか?」


今度のは時間稼ぎではなく整理するための復唱だ。しかし君嶋の返事は変わらない。


「えぇ。正確には、“不要になったロディを引き取ってくれる人はいないか”と大田黒氏から声がかかり、わたしが手を挙げた形なんです」

「もともとお知り合いだったんですね」

「はい。私、こう見えてロボティクス関連専門のジャーナリストですから」


にこやかに語る君嶋の横顔からは、嘘をついているような焦りは見えない。むしろ、存分に含みがある笑みだ。

小津は頭の中をフル回転させながら、再びタブレットに映っている書類に目を落とした。ロディという名のヒューマノイド、個体登録情報やオーナー譲渡の記録が示されている。


「ボディの型番は…オーダーメイドモデルですね。メーカーの公式サポートは終了している。しかし…」


そこまで言って、君島の狙いの一端が垣間見えたような気がした。

確かに公式サポートは終了している。だがそれは、メーカー側が新型のボディを購入させるために一定期間でサポートを終了しているという理由もある。新しいボディ購入すると、法で定められた定期検診を負担するなどの特典をつけて誘導もしている。

購入者(オーナー)としても、それまでの記憶(メモリ)を引き継いで新型のボディで所有するヒューマノイドが新たな活躍ができると認識されているので、ビジネスモデルとしてはよくできていると思う。


しかし。


「確かに公式サポートは終了していますが、オーダーメイドモデルの場合新しい、古いは問題ではありません。クラシックカーの値が下がらないように…、端的に言えば廃棄しなくても売りに出せば引く手数多です」


葬儀や見送りと言わず、廃棄という言葉を使ったのは君島が何を考えているのかを探るためだ。少なくとも泣く泣く手放すという感じではないように見える。


「でも、同じH.ニューロン社の元CTOが、自ら関わっていたロボットを、この時期に送る。そこに何かしらメッセージがあるんじゃないか、って勘ぐっちゃうわけですよ。それに怖いじゃないですか。譲渡の時に初期化しているとはいえ、彼からもらったヒューマノイドが暴走して私や人を襲ったりなんかしたら…それとも良いんですかぁ?この依頼を断って私がロディを投棄しちゃってもぉ」


君嶋は軽く肩をすくめてみせる。

本心はわからないが、初期化しても記憶や指令が残る可能性をこちらから言わせておいて依頼をする。


(完全に外堀を埋められちゃったな…)


小津は心の中で頭を掻いて反省する。しかしフレイヤは特に何も言ってこない。ということはここまでのやり取りで落ち度はなかったということか。


いかんいかん、と小津は思う。


助言を受けてその通りにやると窮屈に感じてしまう反面、ないと心許なくなってしまう。AIがいない時代を考えるとゾッとしてしまう。

とりあえず、今は君島との会話に集中しよう、と思い直す。


「オーナーである以上、依頼そのものは可能ですが、脅威が取り除かれた場合は?」

「それは勿論、葬儀、もとい廃棄の必要はなくなりますねぇ。そんなことまでやってくれるんですか?」

「尽力します」

「まぁ、どうして?」


君島は目を輝かせながら「ふん」と勢いよく鼻息をたてて前のめりで聞いてきた。計算高いしコミュニケーション能力は高いがわかりやすい性格でもあるようだ。


「仕事ですから」

「いいえ、私の話は本当だけど、こんなリスクのある話、警察に相談するのが妥当。でも小津さんからはそんな提案なかった」

「警察に渡ればロディは廃棄される可能性が高いですね」

「そうですねぇ。何が困るんですかぁ?」

「どうでしょう。困りはしませんが…」


そこで小津は一瞬考えてから、思いついたように人差し指を立てた。


「あぁそうそう。花の(つぼみ)は奇跡の約束なんだそうですよ」


「何ですそれ?シェイクスピア?」


「ゲーテです。ですから、後悔したくないんでしょうね。私が」


小津がそういうと、君島はこれまでの余裕の笑みから一転し少し呆けたような、意外そうな表情を見せて。


暫くすると、ふっと息を吐いて、笑った。


「何か、おかしかったでしょうか?」

「いえいえ、すみません。笑うところじゃなかったですね。でもこの場面でそんな真顔でゲーテだなんて…いえ、それも、言い方が良くないですね。なんというか、意味はわからないけど信頼できる方なんだなぁって思いましたぁ」


そういうと、未だ不思議そうな顔をする小津に向かって、君島はペコリと頭を下げた。

その後、君島とは事務的なやりとりをして後日、今度は君島の職場へ出向いてロディと一緒に会うことを約束した。

引用:ゲーテ「ファウスト」より劇詩人の台詞

「それなら、僕自身がまだ成長途上だったあの頃を、僕に取り戻してくれ。

汲めども尽きぬ歌の泉が、絶えず湧き出していたあの頃を。

霧が世界を隠し、

花の蕾は奇跡の約束だったあの頃を、

谷間のあちこちにあふれる、

幾千もの草花を折り取ったあの頃を。

僕は無一文だったけど、

真理への衝動と、空想の楽しみだけで十分だった。」


実は、この小説を書く原動力になった言葉です。

僕にはもう10代、20代の時のような脆くて儚い、

鋭利でそれでいてきらきらと輝くような言葉は出てこないけれど、

でも!それがなんだ!あの頃の想いは錆びてない!

いや!錆びていたって磨けばワンチャン蘇るんじゃない?

仕事が忙しい?1日1行でも書けば良いじゃないか!


大袈裟にいえばそんなことを思い出させてくれました。

まだ続きますので、お付き合いいただけると幸いです。

もちろん、ちょっとでも面白いと思ってもらえたら。

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